街のち帰宅

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この世界には盂蘭盆はないようで、来た時に墓掃除などをするらしく。 池の水を使い墓を綺麗に洗い、周りに生えていた雑草を抜いていく。 「ふぅー、これでいいでしょ」 日は何時の間にか真上から俺たちを照らしている。 汚れひとつない墓、自分を褒めてあげたいぐらい綺麗にできたと思う。ミーシャも俺の頑張りを見て苦笑さえしている。 「ここまで頑張らなくてもいいのに……」 「いやさ、家族の墓なんだから。しっかりやらないとね」 別に他を差別してるのではなく、やっぱり家族というのは特別だから。 その意が伝わったのかミーシャが嬉しそうに笑う。 「翔らしいね。それじゃあそろそろ帰ろっか。お父さん、お母さん、また来るから」 まるで両親がいるかのように軽やかにそう言うと、ミーシャは墓碑に背を向ける。 彼女が歩きだし、俺も一礼しついていこうとしたその時であった。 不意に『ありがとう』と、声が聞こえた。 この場にいるはずのない男性の声に振り返ると墓碑に佇む二つの人影が。 ミーシャと瓜二つの猫耳を持つ長身の黒髪短髪の男性と、ミーシャと見間違えるほど同じ顔の黒髪セミロングヘアーの小柄な女性。 不可思議な点があるとすれば二人とも半透明に霞んでいる。 急な展開に声が出ない。え、なに?なんなのこれ? 中々に阿呆な顔をしてるだろう俺に男性は微笑み、女性の方は唇に手を当て上品にクスリと笑うと、二人は真面目な顔になり寸分の狂いなく、深く、深く頭を下げてきた。 事態についていけないなか二人は頭を上げ、今度は『お願いします』と、女性の澄んだ声が脳内に響いたかと思うと、池が太陽の光を反射し、眩しさに目を閉じる。 そして目を開けた時には、彼等の姿は何処にもなかった。 「…………」 ふっと風が吹きわたり、木々が騒めき、花弁が飛び交う。幻覚や幻聴の類いだったのか、実際にそこに存在してたのかなんて俺には分からない。証明も出来ない。 ただどちらかと言えば俺は幽霊を信じる……いや、信じたいんだ。お礼を言われ、頼まれたのだから、俺はそれに応えたい。 別に信じたって罰は当たらないんだから。 「翔?」 「…あぁ、今行く」 向こうで俺を呼ぶミーシャの声に軽く返事をし、了承の意味を込めた礼を墓碑にして、彼女の後を追った。
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