帰宅のち日常

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―――――― 「えっと……この店か」 こっちに来るのは猫探し以来か。街の西側、木々が並ぶ道に空き家に挟まれひっそりと在る喫茶店。 茶色の屋根に、外壁は白と木造の焦げ茶色の模様、その景観は喫茶店らしい落ち着きがあって。 俺がここに来たのは依頼の説明を受けるため。戸神翔へ、そう名指しされ偶然か二枚ともこの喫茶店で待ち合わせる手筈になっていた。 一人は知り合い、一人は知らぬ名。どんな依頼か想像しながら呼び鈴の音とともに店内へ入る。 「いらっしゃい…って君は…」 「あ、貴方は……」 偶然の出会いとはこのことか。天心の常連客でアイリス王国団長の弟さんのエプロン姿がそこにあった。 「貴方のお店だったんですか……」 店内を見回す俺に、弟さんは人の心を落ち着かせてくれるような柔らかな笑みを浮かべ言う。 「お客さんは皆、私のことはマスターと呼ぶからそう呼んでくれればいい。そんな固くならなくていいから」 「は、はい」 頷きつつ、マスターだとかぶるなぁと思ったり。 二人掛けの席に案内されお冷が出される。 「今日も仕事とは忙しいね君も」 「あれ、何で?」 「ここに君ぐらいの少年が来ることは稀だからね。そう思っただけさ」 はっはと笑うマスター。いやはやすごい。 「待ち人が来るまでゆっくりしてるといい」 「はい」 手渡されたメニューを眺め時間を潰してると鈴の音が。目を向ければひょっこりと一人の小柄な少年が入ってきた。恐る恐る辺りを確認するさまは小動物のように見えて。 店内には俺しかいないがひょいと手を上げ自己主張。それに気づき少年は安心したように息をつき言葉を発する。 「あ、と、戸神さんっ。あの、そ、その…」 でも呂律が回らず。 「取りあえず座れば?」 「は、はいっ」 何でこんなオドオドしてるのだろう。 改めて目の前の少年を観察する。身長は160弱か、俺と違い癖のない短めの茶髪、茶色の瞳、人形のように整った顔立ち。ああ、やっぱ知らない子だ。 「えっと、君は」 誰だと尋ねようとするも食い気味に少年が喋りだす。 「あ、あのっ、僕はフィ、フィッツ。フィッツ・メイトと言います。じゅ、14歳です」 「そっか、一つ訊きたいんだけどオレンジとブドウとイチゴ、どれが好き?」 「えっ、えと、オレンジです」 フィッツオレンジ……良しっ。
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