帰宅のち日常

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「そんな睨むな、冗談だ。此処は一本道だからアリシアに遭わないよう地面を掘ってきたんだ」 「普通にモグラですね」 「黙れ、土属性のスペシャリストの俺だからこその特技だ。この穴だって俺が作ったんだからな」 ハンクさん土属性だったんだ。で、そのスペシャリストがこの穴をか…… 「築二十数年ってことですか。確かに、家の壁並みに頑丈ですね」 「そうだろそうだろ、シンプルisベストだ。それよりもシア」 シアへと話が移る。 「そろそろアリシアが到着するぞ。先に上がってろ」 「え、あ、はいっ」 声が裏返る。なんだ、気丈に振る舞ってただけでやっぱり緊張してるのか。 俺は立ち上がるとシアの頭を優しく叩く。 「頑張れ、多分何とかなる」 励ましになるのか、曖昧な逃げの言葉を選択した俺にもシアは笑う。 「うん、行ってくる」 うっすらとシアの足が光ると軽々と一メートル半の穴を飛び出ていった。草木を踏みつける音がし、そのまま足音は遠のいていく。 「ああ、シアが傷つきませんように…傷つきませんように……」 弟分が消えた瞬間の、俺の切なる祈りにリックさんは呆れたように言う。 「最初から失敗した時への祈りは頂けないぞ」 「それはそうですが……」 アリシアと先日話したとき、彼女が子供たちへ向けているのは完全なる母性愛だと分かった。それは同じ愛でも恋愛とは全くの別物。だから成功の確率は相当に低い。 「何事も挑戦するしかないだろ。ほれ、盗聴用の穴を拵えたから心配ならこれで聞け」 ハンクさんの言葉に、見れば三つのテニスボールほどの穴が現れていた。 「反響用のコーティングもばっちりだ。鮮明に声が聞こえるぞ」 プロの自慢げな顔。ううん、何か…… 「下衆いっすね」 「まったくだ、おっさん下衆いぞ」 俺とリックさんの批判なぞなんのその。ふんっと俺たちを鼻で笑うハンクさん。 「こういう時だけ良い子ぶるな。ほれ、アリシアが来たぞ。つべこべ言わず耳をつけろ」 聴こえてきた足音に理性が負け俺たちは耳を穴に付けた。本番直前、俺ができるのは見守る事のみ。 ファイトだぞシア。
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