帰宅のち日常

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「――――――っ!?」 日の下に出て俺の温かくなってきたはずの体を駆け巡る冷気、背筋が寒くなる。 ここまで冷めた『ありがとうございました』を俺は聞いたことがない。 「ア、アリシア…その……」 ただ理由を知りたかった。だが尋ねられることさえ酷く拒絶するようにアリシアは言葉を遮る。 「すみません、安全ではない此処にシアを長く居座らせるわけにはいきませんので私たちは帰ります。さようなら、戸神さん」 戸、戸神さん……だと……? バカな、名字は嫌だと、親しみを込めて翔さんと呼ぶと言ってくれてたアリシアが、そんな距離のある友達を呼ぶような冷え切った言い方をするなんて…… シアの手を引き手早く撤収しようとするアリシアを呼び止める。 「ちょ、ちょっと待って。俺が何かしたのか?もしそうなら謝るから」 「…………」 そのまま無視して去ろうとするアリシア。だがそれを止める者が一人。 「姉ちゃん?兄ちゃんが呼んでるよ?」 この空気を察知したのか、それとも自然になのか。その無垢な瞳に負けてアリシアは振り返る。ただその碧の瞳を愴愴とさせて。 「……翔さんは悪くないかもしれません。けど……私も今回はそう簡単には割り切れそうもありません。ですから今日は帰らせてもらいます」 「いや、意味が……」 「ごきげんよう、戸神翔さん」 「っ!!?」 最後は受付嬢のように笑顔で、しかし限りなく無の声で姓名を呼ばれた。あんなに悲しい目をさせるようなことを俺はしたのか……? この一時でアリシアとの距離がとても、とても遠く離れてしまったようで。 「行くわよ、シア」 「う、うん。じゃあね兄ちゃん」 シアは何も悪くないのに、じゃあねと言われて初めて返すことができなかった。二人がもう振り返ることはない。 一本道を本当の姉弟のように仲睦まじく歩いていく二人を、俺はただ突っ立って見送ることしかできなかった。
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