帰宅のち日常

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ミーシャが来る直前、リックが穴に戻ると翔が木の枝を上下に振るという奇妙な行動をしていた。 「おい翔っち、何してんだ?」 声に気づき、翔は振り返る。死んだ魚のような眼をして。 「…あぁリックさん。何って、リアルモグラ叩きですよ」 そう言われ見ると、翔の正面の壁から立派な一本角を生やしたモグラがいた。 前足まで飛び出た状態で角で翔を一突きしようとしているが、翔は首を左右に動かすだけでそれを避ける。そしてモグラが攻撃を透かす度に細い木の枝でその頭をペシぺシと叩いていた。 「ツクツクか、珍しいな」 可愛らしい唸り声を上げるそれはどう見ても魔物。名をツクツクと言い、しょうもない名とは裏腹にその一突きはレンガを貫く威力を持つ。 大人しい性格だが、偶然にも飛び出た瞬間、翔が振り回してた棒がジャストヒットし争いに至っていた。 「もうミーシャが来たぞ、聞けって」 「いいんです、俺はこいつと遊んでますから……」 うっすらと笑いながら棒を振り続ける翔。その姿にそっとしておこうと思ったリックは一人、聞き穴に耳を付けた。 ミーシャの呼びかけに振り向く少年。少年は彼女の姿に喜色と、何処か寂しげな表情を浮かべるがミーシャは違った。 「翔じゃない……」 フィッツの事は知っていた。月に一度の頻度で天心に来る家族連れの少年だと。 だがミーシャにとって今はどうでもいいことだった。 「あの……」 照れたように俯き言葉が上手く出ないフィッツ。だがそんなことお構いなしにミーシャは尋ねる。 「翔は、翔はどこ?」 「え、あの、戸神さんですか?どうして」 「いいから」 鬼気迫る表情のミーシャにフィッツはぼそぼそと言う。 「戸神さんはその、そこの茂みに……戸神さんは見守ってるって、リックさんが言ってました……」 その姿は嘘をついてるようには見えなかった。ミーシャはフィッツの言葉を熟考する。 (茂み…見守る…リックさん……何かがおかしい……) そもそもこの場に立っていいのは告白する者とされる者のみ。つまり告白するのは翔ではないということ。ごちゃごちゃする頭でミーシャはフィッツに訊く。 「ねぇ、一から話してほしいんだけど」 笑顔で、有無を言わせぬ笑顔で訊いてくるミーシャにフィッツはただただ頷いた。
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