日常のち誕生日

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時間が過ぎるのは本当に早いもんで。俺があのモグラどもによって川に落とされた日からもう一カ月半も経っている。 どんぶらこ、どんぶらこと昔話の桃のように流れの遅い下流まで流されたとき、俺は綺麗という言葉が相応しい感じの二十前半ほどの男性に引き上げられた。 人を表すのに綺麗という表現だけでは雑に聞こえるが、もうそれぐらいしか覚えていなかった。 助けられて数日は鮮明に外見を覚えていたのだが、日が経つにつれ思い出せなくなっていったのだ。 寝てるとき夢を見た後、しっかりと覚えていたはずなのにいつの間にか記憶から消えてる、そんな感じで。 あと数日で記憶から消え去ってしまうような感覚さえある。 だが何故か、それは決り事のように自分は思えていて。 少し物思いに耽っていると右肩をポンと叩かれた。 「ほれ、翔っちの番だぞ」 「あ、はい」 手前の山から四角の物体を一つ手元に持っていき、そのまま何をするわけでもなく捨てる。 俺は今ギルドにいる。左にハンクさん、右にリックさん、正面にレイアさんと俺以外大人なメンバーでテーブルを囲み真剣勝負の最中である。 そしてまた、あの人の事を何とか思い出そうとし始めたとき、不意 に正面から軽やかな声が耳に入ってきた。 「ツモ、ね」 「「「うわっ……」」」 そして男共のドン引きの声。八千オールの言葉に皆して箱から赤や黒の丸が描かれている白い棒を渡していく。 そう、ハンクさんの持っていたあの怪しげな箱の中身は大人の嗜み娯楽、麻雀であった。 「ふふっ、また勝っちゃった」 レイアさんの上機嫌な声。俺は一か月前から週に一、二回の割合でギルドに来て麻雀をするようになっていた。 最初の頃は初心者の男衆で遊んでいたのだが、レイアさんが「楽しそうね」と参戦して均等していた実力が一気に崩れた。 一言にすれば、ただただ強運の持ち主だった。立直をすれば確実に四巡以内にツモり、基本的に役は満貫そこら。恐ろしいったらありゃしない。 「戸神、お前の番だぞ」 「あ、すみません」 まあ、昼間から麻雀をしてる俺は取りあえず駄目人間まっしぐらなんだけども。
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