日常のち誕生日

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―――――― 「準備はいいか少年?」 「……ふぅ。ええ、大丈夫です」 頭を起こすため一通り準備体操を終わらせ前を見る。既に準備万端と言ったところか、エインさんは何時でもいいぞと言った表情だ。 俺にはこの人が生粋の悪人に見えない。俺が甘ちゃんなだけかもしれないが、話して感じた印象が悪ではなかった。だからやりにくい。 恨めない、憎めない、それだとどうにも全力で戦うことができない。だから思い込むしかない。 恨めるように、憎めるように、そう、この人にフーが乱暴されたうえで捕まえられたと仮定して…………いかん、ベクトルがずれた。 「翔、ファイトー!!」 「……エインさんに勝ってほしいけど、それだとフレリアちゃんが……えっと、二人とも、頑張ってください」 まるで試合観戦を楽しむ少女のように元気よく檄を飛ばすフーと、自分の立ち位置に悩むクレシャさん。 二人は双子が寝てる場所から二メートルほど離れた場所に背中を預け座っている。 呑気だなぁと思いつつ、心の中で如何わしい想像したことを謝り、エインさんに目を向ける。 恨みとは違う気がするが、割り切れるぐらいの気持ちはできた。この世界で誰かと本気で殴りあうのは何回目か。 「恨みっこなしで、約束は守ってもらいます」 「無論だ。先手は少年に譲ろう。さあ、始めようか」 それが開始の合図となり俺は地を蹴る。真夜中過ぎの山中で月の明かりだけが頼り。だが見える!! 姿勢を低くし動かぬエインさんの眼前でしゃがみ足払い。 「らあっ!!」 だがそれは大縄跳びでジャンプする子供のように軽く跳んだだけで避けられた。 「いい狙いだ。だが動きが単調だったな」 くそ、普通の喧嘩ならこれで「あ、足がぁぁぁ」で終わったんだが。 「ならばっ!!」 屈んだ状態から腹部に跳躍をプラスした正拳突き、しかしこれも 「甘いな」 スルリと受け流され、勢いあまり地面にダイビング。 「どうした?その程度ではないだろ?」 「―――まだまだこっからぁぁぁ!!」 ―――――― 当たらん、全力でやってるのに一向に当たらん。どこから攻撃しても全て避けて、受け流される。あっちに至ってはまだ攻撃さえしてないというのに。 「その程度か、いやそうではない。本気を見せてくれ少年」 挑発じゃない、これは期待を含んだ言葉だ。 今の俺に足りないもの…………そう、やる気でも力でもない、速さだ。速さが足りない!!
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