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声を低めたミーシャの言葉に、夫婦は顔を見合わせるも、そこまで気にした様子もなく。
「何だ、そうだったのか。俺達の早とちりだったか」
「野暮ったいこと言っちゃったねぇ。ごめんね、ミーシャ」
「……ううん、気にしないで」
笑顔を作りそう言うミーシャに、夫婦はそうかと笑い、『また明日』と笑顔で言い残しリアカーを引きながら去っていった。
その後ろ姿を眺めながら、ミーシャはキャベツを抱えたまま呟く。
「何を意地になってるんだろう、私……」
ムキになって言うことではなかった。昔なら笑って済ます程度の噂話だったというのに。
「子供みたい……」
感情の整理がうまくいかない自分が幼稚に思え、嫌気が差した。こんなことで乱されることは今まで無かったのにと。
モヤモヤした心のまま、ミーシャが店内に戻っていくと厨房から声がかかる。
「また随分と持ってきたなあいつら。ミーシャ、残りは俺が運ぶから夕飯が出来るまでゆっくりしてろ」
店内に客はいない。天心の入り口には休業日の札が掛けられている。それでも厨房では叔父が料理の準備に余念が無かった。
毎年、今日この1日は最高の料理を娘の為に作る。それが自分に課した決まりであった。
そんな叔父の背中を見ながら近くの椅子に座ると、ミーシャは気を紛らわすように言う。
「叔父さん、翔とフーちゃんは帰ってくるんだよね?」
叔父は先日、帰ってくると断言した。叔父が自分に嘘を言ったことは一度もない。
だからこそ、飯時にぽっかりと空いた席に少しの寂しさを感じつつも、ミーシャは未だに戻らぬ二人を然程心配してはいなかったのだが……
「…………」
「叔父さん?」
動きを止め、返答に詰まる叔父に、ミーシャは疑問を抱き席を立ち上がる。
心地の悪い静寂に、嫌な予感がした。それは最も有って欲しくないこと。
否定の答えが返ってくることを望み、ミーシャは不安を含んだ声でもう一度訊く。
「もしかして…帰って……来ないの……?」
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