壁はゆめの五階で、どこにもゆけないいっぱいのぼくを知っていた

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……看板には、そんなことが書かれていた。 (……うそだ……) ぼくは、今度こそ震えが止まらなくなった。今さっきまで見ていた看板と、ぼくが見ている看板はまったく同じ看板のはずなのに、まったく違うことが書かれている。まったく同じ看板なのに、まったく違うことが書かれている。今度はもう、見間違いでもなんでもなかった。 ぼくの見ていないほんのわずかの間に、看板に書いてあることが変わってしまったのだ。 (……どうして……どうしてこんなことに) ぼくはあまりの薄気味悪さに、思わず看板から離れた。とにかく、誰か人に会いたかった。ぼく以外の人に会って、ぼくが見た光景を誰かに伝えたかった。看板に書いてあることがいきなり書き換わるなんて、無茶苦茶だ。ああ、どうしてこんなことになっちゃったんだろう。 早歩きですたすた歩いて、人を探してみた。でも、知っている人は誰もいない。ぼくはあまり、ニビシティまで来ることはないからだ。そのことが、ぼくを余計に不安にさせた。 (あっ、そうだ。ニビシティには、トモキ君がいたんだっけ) ぼくはそこで、ニビシティには友達のトモキ君が住んでいることを思い出した。そうだ。トモキ君に会おう。トモキ君に会って、ぼくが見た光景を伝えよう。そうしよう。 (こっちだったっけ) ぼくはトモキ君の家に進路を変えて、また歩き始めた。トモキ君なら、きっとぼくが見た滅茶苦茶な光景も信じてくれるはずだ。そうすれば、ぼくだって少しは安心できるはずだ。 (早く会わなきゃ) ぼくは早歩きしていたのをもっと早くして、半分ぐらい走るような感じで、トモキ君の家を目指した。   「……………………」 でも、そこにトモキ君の家はなかった。トモキ君の家だけが、そこになかった。
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