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店内はいい感じに薄暗く、BGMもこれまたいい感じで、テーブル席にポツンと取り残された超普段着の俺は、さぞかし浮いていることだろう。
「寺本のやつ。変な気遣いしやがって……」
俺はテーブルに置かれたウォッカのグラスを掴み、一気に飲み干した。
カーッ。喉が焼けるように熱い。ガソリンか、こりゃあ!?
酒の弱い俺がウォッカなんて飲むのは、もちろん初めてだ。
今日はとにかく、酔いたかった。
だって、酔わなきゃよぉ……
俺は、ガラス壁の向こうにチラリと目をやる。
この店にはテラスがあり、夜風にあたりながら酒が飲めるようになっていて。
俺の連れ3人は、そこにいた。
広瀬に片桐が寄り添い、対面に寺本。
無音声、無字幕であっても、楽しそうに話しているのがわかる。
たぶん寺本は、俺が辛いと思って、ふたりを遠ざけたのだろう。
寺本には昔、話したからな。
俺の初恋の相手が、片桐だってこと。
そして、さっきの数分で、俺がまだ片桐に未練があるということを察したのだろう。
……まあ、たしかに、寺本の配慮は正しかったかもしれない。
ただし、全く別の意味合いで。
あのまま目の前で幸せを見せつけられてたんじゃ、俺は、酔いにまかせて、うっかりバラしちまいかねない。
あの事を。
片桐だけが知らない、真実を。
……なんてな。
ここまで来たら、もう、どんでん返しなんて起きやしない。
これ以上、自分を惨めにしたくないさ。
あの時。
そう、あの日。
あの、雨の日──
俺と広瀬は当事者。
寺本には、後から俺が話した。
抱えきれなくて、誰かに聞いて欲しかったんだ。
しかし、幸いな事に、俺は打ち明ける相手を間違えていなかったようで。
それを聞いた寺本は真剣な顔で
「須本、あんた、バッカじゃない!?」
って言い放った後──
「……でも、不器用な須本らしいよ」
って、微笑んでくれた。
それで、いくらか救われたのは確かだった。
あーあ。いつまでも過去にしがみついてる自分が嫌になるな。
でも、そんな俺に、今日ぐらい感傷に浸っても良いだろうって、身体に回ってきたウォッカが言っている気がして。
そうだな。
最後。これっきり。
全部思い出して、
最後に一回だけ、あの日の自分を誉めてやろう。
そして、全部、忘れよう。
俺は、ゆらゆらと揺れる視界をまぶたで遮り、ゆっくりと記憶の糸をたぐり寄せた──
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