第五章・―武術大会、開始―

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 アルカードが足早に去ってしまった廊下に立ちすくみ、彼は自らの状態を確認して小さく息を吐く。  武術大会の裏で進行している暗殺劇もそうだが、無事に一件を解決する事は、彼にとっても危険があり過ぎるだろう。  頭では遅かれ早かれこうなるだろうと理解はしていたが、予想以上に早い敵の動きと、予想外の展開にさすがの彼も多少辟易している。  このままでは後手に回る一方で、いけないと理解しているのに思うようには動けない。  今まで以上に強く感じている、苦戦を強いられているとーー。  それと同時にシリルの事も、忙しい彼の思考を迷わせる一因となってしまっている。  脳裏にちらつく影は忘れていた、否、忘れてしまいたかった苦い思い出と共に、彼の心をいまだに苛むのだ。  いまだ手に残る感触を、温もりを、名残惜しいようにゆっくり上げて見詰める。  感傷に浸る暇などないというのに、これではいけないと頭を振る。  そうして変えようのない過去を思い描き、ため息ばかりが彼の口をついて出るのだった――。
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