狐と吸血鬼はこうして出会う

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この状態。考えれば考えるほど嬉し過ぎる事なのだが、私の心臓が耐えられそうに無い。よし、今日のところは戦略的撤退だ。後は自室に戻って三穂の余韻を味わう事にしよう。 「……エル?」 起こさないように、細心の注意虚しく、身動きした私に掛かる寝惚け声。 「おっ、お早う。三穂」 背丈の関係上、普段はあまり見上げる事の無い三穂の顔。昨夜の夜更かしの所為か、未だ眼はトロンと垂れている。クッ、そんな流し目で私の顔をボケッと眺めないでくれ。 「エル……調子に乗りすぎ。何で密着してんのぅ……」 口ではそう言いながらも腕の拘束力が先程より増している。どうやら、未だ夢の世界に片足を突っ込んでいるようだ。 「……うん?どうしたのぅ?口数少ないし、顔赤いよ?風邪?」 「あー、三穂。眼をしっかり開けて現状を見据えて貰えると助かるのだが……」 「何、教師紛いの事言って……、へっ、えっ、あっ、何これぇー!」 快ちよい夢の世界に浸かるのは良かろう。しかし、夢の世界はいつか終わりを告げ、現実で犯した己の業を突きつけられる。夢は偽りの世界でしかないから。 「ちょっと、エル!私に眼を使ったでしょ!」 慌てて私から離れた三穂。拘束されていた時は照れと戸惑いの苦痛で満ちていたが、こうも急に解放されてしまう実に名残惜しいものがある。 「私は断じて、そんなことはしない!三穂から私を……抱擁……してきちぁ、たんだ……」 思い出すだけで、顔に血が上り、舌の動きが鈍ってしまう。恐るべき時を過ごしてしまった。 「お願い。エル。忘れて!というかその眼を使って、この私の人生最大の失態を忘れさせて!」 「絶対に断る。こんな私と三穂の初めてを忘れる、忘れさせるなど、私は絶対にしない!……ところで、私の抱き心地はどうだったかな?」 やっと本来の調子が戻って来た。しかし、私は相手を押すのは得意だが、押されるのがここまで苦手だったとは自分でも知らなかった。 「うるさい!知らない!嫌い!」 拒絶三拍子を残して半涙眼で逃げて行く三穂。眼鏡に泣き付きに行ったか? まぁ、暫くすれば不機嫌そうに朝食に呼びに来るだろう。 それまで、まだ此所で微睡みながら三穂の残していった香と体温を楽しむとしよう。
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