狐と狸の仁義在る戦い

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・・・ 目の前で、様々な奴らから注がれた酒を悉く飲み干し、休憩と言いつつ集団の輪から離れて、尚、私の酒を笑顔で受ける女。計り知れない。その強靭な肝臓もそうだが、この笑顔の裏に眠る本性が。 初めて会った時は、何も出来ないお気楽女と見誤らせた人物。口の固い眼鏡の代わりに酔わせて洗いざらいベラベラと喋らせてしまおう等と高をくくっていたが、この女が酔っているのか、酔っているのか私に見極める事は出来ない。そして、戸惑う私に本物か偽物か分からない笑顔で先手を打たれた。 「……それで、エルちゃんは何か私に話が有るんじゃないのかなぁ?珍しく愛しの三穂ちゃんの側に居ないし?もしかして、恋愛相談?それは私の得意分野だぁ。バンバン来なさい!」 「酔っ払ったフリは止めてくれ」 二十幾年も眼鏡の側に居ながら、その想いも伝えられない不器用な奴に、何故私が恋の悩みを暴露せねばならん。どうせ、私が聞きたい事は既に悟っているのだろう? 「ええ、そうだよー。私は全然酔ってませんよー?まだまだ飲めるともぉ」 「私は珍しく真面目だ。もう一度言う、酔っ払いの真似事で誤魔化すのはよせ。あいつらは何だ?眼鏡の執着するタマキとは何者だ」 「チェッ、せっかく楽しんでたのに……」 空いた杯に自酌する春川。しかし、注いだその酒には手は付けず……。 「私は、エルちゃんに何にも言わないし、何にも教えないよ。知りたいなら、渡部の口から聞いて。タマちゃんはショウ君…渡部が一番関わってるから」 盛り上がる周囲の喧騒に掻き消されそうな言葉。あの眼鏡に一目置かれる人間。余計な事は止めどなく流し出すが、その口を塞き止める術も知っている。漏らしたのは彼女が過去の渡部正悟をショウ君と呼んでいた時期が会った事だけ。相手が悪かったか?しかし、私の諦めも悪かった。 「別に眼鏡が己の業に罰せられる事に関しては別に構わないし、興味も無いがな。三穂を危険に巻き込むのは許せん」 その私の不平不満に引き吊った笑みを向ける春川。 「渡部の業?あいつは何も罰せられる事はしてないよ。ただタマちゃんを護ろうとしただけ」 彼女はそう言って、寂しそうな眼で遠くに三穂を隣に座らせている眼鏡を見る。かつての渡部正悟とタマキを見るように。彼女のその姿に、春川陽花と渡部正悟の今尚続く、決して近付き過ぎない関係の根元を垣間見てしまった様で、私まで感傷に浸ってしまう。
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