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「それで良いの?」
「何がでしょうか?」
私は隣でシートベルトを締めて、静かに助手席に修まる渡辺に話しかける。此方から話さなければ、自ら口を開く事は無い奴だからね。たまには、渡部の口からこの二人の気まずい空間を和ます小粋なジョークでも聞いてみたい。
「三穂ちゃん、残して来ちゃって、って事」
「エルも居ますから大丈夫ですよ」
そのエルちゃんが一緒の方が三穂ちゃんの身が危険なんだけどね。まぁ、私が言いたいのはそういう事じゃない。
「三穂ちゃん、勝手に無茶しちゃうかもしれないよ?先生の為に、ね?」
まぁ、二年も三穂ちゃんを見ていれば、彼女が渡部にどのような種の感情を抱いているかは誰でも分かる。三穂ちゃんと二年も同居しているこの朴念仁以外はね。彼女にとって、私は憎むべきお邪魔虫なのだ。
「そこまで、三穂は愚かじゃありませんよ。それに彼女を危険に晒したく無いんですよ」
まさに、苦虫を噛み潰したような顔を表現している渡部。
大層可愛がっている御様子で。赤信号で停車し、その渡部の表情に、何故か私の顔もにやけて来てしまう。
「ホウホウ、ピチピチギャルな三穂ちゃんは危険に晒したく無い。私のような嫁ぎ遅れの三十路女は別に危険に晒しても良いと?」
少し意地悪してみたくなった。ただ、それだけ。
「そんな事はありませんよ。貴女は大丈夫です。僕が絶対に護りますからね」
ちょっと!あれ、くそっ、赤信号で良かった。そういう事は真顔で言うな!
「春川さん、青になりましたよ」
分かってますよ。私には。信号が変わった事も、今の言葉が私に贈られた物じゃないくらい。渡部の過去に生きる彼女に贈った言葉なんだって事はね。
三穂ちゃんが可哀想で仕方が無い。二年もこいつに想いを告げようと健気に頑張っているのに、こいつは全く三穂ちゃんを見ていない。見ているのは、あの娘だけ。
本当に三穂ちゃんが可哀想だ。何をやっても見つめ返して貰えないのに、この優男に惹かれているなんて。まるで私のようで可哀想。
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