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きっと、こんなにも自分がイラついているのだから喧嘩の原因は相手側にあるのだ。悪いのは全部向こうだ。思い出すまでもなく、そうに違いないのだ。
そんな自分勝手全開な思考を繰り広げつつ、向はうんうんと頷く。
そして、
「……ばーか」
と、誰に言う訳でもなく呟き、ほのかに薄暗くなってきた空を仰ぐ。
時刻は午後五時前後といった所だろうか。正確な時間を確認するために、向がポケットの中から携帯電話を取り出した時だった。
「うぶぶ……」
唐突に聞こえてきたのは、女性の声だった。かなり幼い感じの、それも、すすり泣くようなものだった。
『ん?』と、液晶画面から顔を上げて、向は辺りを見回してみるがそれらしい人影はない。
虫の羽音か何かと聞き間違えたのかな? と向が首を傾げていると、
「うぶぶぶぶ……」
今度は先ほどよりハッキリと聞こえた。間違いなく人の、小さな子供の声だ。
もしかしたら、森に迷い込んだ子供が泣いてしまっているのかもしれない、と向は慌てて立ち上がる。
そして、目を凝らしつつ注意して木々の中から人影を探してみるが、いっこうに見つからない。
その間にも、わりと近くから『うぶぶ……』という声は断続的に聞こえているのだが―――
「?」
ふと、向の視線がある一点で止まる。先ほど、槍から飛び散った火の粉で着火しかけた大木だ。
その木の影に隠れる様に、何か緑色の物がもぞもぞと蠢いているのが見える。
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