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「あの、助けて下さって、本当、ありがとうございました」
少し吃ってしまう。
「いいさ。アンタとは、これから厭でも関わっていくんだから」
低く響く男の言葉は、どこか楽しげにか聞こえる。
「それって、どういう意味ですか?」
僕の質問に男は破顔した。
それは、ぱっ、と大輪の花が咲いたような笑顔で。
男性を花に喩えるのもなんだけど、赤いダリアとかガーベラとかそういう華やかな花のような笑顔だった。
「あの学校の先生なんだろう?」
男が視線で示した先には、緑の葉に見え隠れする学校の時計塔がある。
「実は俺も」
更に歯を剥き出して笑った顔は、先ほどの笑顔とは裏腹に酷く獰猛に見えた。
大きな目と鼻と口。そして、発達した犬歯。
まるで『赤頭巾にでてくる狼』だ。
『おばあちゃん、どうしておばあちゃんのおくちはそんなにおおきいの?』
赤頭巾の台詞が頭に浮かぶ。
昔、祖母が寝る前に読んでくれた絵本の狼の口は、とても大きかった。
『気を付けなさい。誰が見ているかわからないんだから』
祖母は、小さい僕に良く言っていた。
『決して襤褸を出してはいけないよ』
何を考えてるんだ、僕は。
目の前の事実に集中しろ。
ボロどころか、とんでもなく目立ってるじゃないか。
「日本語、お上手ですね」
動揺を隠して、なんとか会話を続ける。
「こう見えても祖父が日本人だからね。それに語学が専門なんだ」
「どちらからいらしたんですか?」
「ウェールズだよ」
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