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音楽室のドアを開けると、中にいた人の視線が一斉に俺に注がれる。
「あ、見学の人?」
入り口にいた女子のやけにはりきった声を無視し、俺は言った。
「本郷理穂、います?」
俺のぶっきらぼうな声に、友好的であった女子生徒の表情が一気に曇る。
自分たちの部の部長が呼び捨てで名指しされたことに驚きと嫌悪感を抱いているだろうことが、見て取れる。
びっくりしすぎた為か、何も答えない女子生徒に代わって、近くにいた男子生徒がピアノの方を指差した。
俺は、ピアノの前まで一直線で進む。他のものなど目に入らない。
視界にあるのは、彼女だけ。2年間、その姿を渇望していた、本郷理穂、その人ただ一人。
「てめーはっ!」
自分でも想像していなかったほど、大きな声が出た。
しばらくの間、まともに声を出していなかったせいか、音量の調整がうまくいかないようだ。
「お前、どういう合唱やってんだよ!親父に言われただろ、一人で暴走するなって!お前のせいで、ハーモニーががた崩れだろ」
俺は、部活紹介で、合唱部の演奏を聞いてから、ずっと胸に溜め込んでいたことを一気に吐き出した。
彼女は、何が起こったかわからないようなキョトンとした表情でこちらを見ている。
俺は、彼女の顔をにらみつけるように見つめながら、鳩が豆鉄砲を食らったようって、こんな顔のことを言うのかと頭の片隅でぼんやりと思っていた。
俺は、まだ言いたいことが山のようにあった。
「もっと、全体のバランスを…」
「みんなの声を聞いて…」
なのに、俺の声はきちんと声になって届いてはくれない。
もどかしさで、やりきれない。口だけがパクパク動いて、金魚みたいで間抜けだ。
そんな俺の後ろから、加藤が俺の体を押さえつける。どうやら、俺が彼女に殴りかかるのではないかと憂慮したようだ。
俺にそんなつもりは全くなかったけど、一緒にいた加藤がそう感じたくらいだから、相当興奮していたのだろう。
俺は、加藤に引っ張られ、教室の隅に置かれた椅子に座らされた。
誰かがそこに座るよう指示したようだ。
「すみません、すみません」
そう言いながら、加藤がペコペコ頭を下げつつ、
「笠井、どうしたんだよ、何やってんだよ」
としきりに声をかける。
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