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教室のあちこちから感じる刺さるような視線が痛く、俺は、ずっと下を向いて、加藤と先輩の会話を聞いていた。 ふと、目の前に人の気配を感じ、顔をあげると、挑むような目付きでこちらを見ている彼女の姿。 強がった俺も、それに応えるように彼女をにらみかえした。 罵声の1つでも浴びせられることを覚悟したが、俺の上に降って来たのは意外にも落ち着いた、彼女の声。 以前と変わらない綺麗なソプラノ。 「笠井先生の息子さんよね?」 懐かしい声に思わずききほれた。 「申し訳ないんだけど、みんな驚いてるし、他の新入生の見学者も来るだろうから、お引き取り頂けないかしら?」 綺麗な声ではあるが、言葉の中には棘棘しさがある。 「出て行けって言ってるんだけど」 彼女は、笑顔だった。 俺が見たことのない笑顔。 練習が終わった後に見せるほっとしたものや、歌の途中で失敗してしまった時などに見せる、心の底からの笑顔とは全く違うもの。 満面の微笑みではあるが、それが嫌味を含んだ思い切りの作り笑顔であるということは、当事者である俺でなくてもわかるのだろう。加藤の隣にいる先輩の顔もひきつっている。。 加藤が俺の耳元で、 「帰ろうよ。少し頭を冷やした方がいいって」 と声をかけた。 俺は、彼女から視線を外すことなく立ち上がる。 「失礼します。すみません、お騒がせして」 と、頭を下げながら出ていく加藤の後をついて出て行った。 音楽室を出ても、加藤は何も言わなかった。 いい加減、呆れてしまったんだろう。入学早々、せっかくできた友達を俺は、早くもなくしてしまった。 自業自得。仕方ないことだ。 加藤と一緒にいても、また迷惑をかけてしまうだろう。 「加藤、迷惑かけて悪かったな。俺、先行くわ」 俺が言うと、加藤は笑顔を見せた。 先程の彼女の笑顔とは違う、いつもの加藤と変わらない笑顔。 「そっか。じゃ、また明日。俺、トイレ寄ってくから、ここで」 俺たちは、音楽室に近いトイレの前で別れた。 明日からのことは、もうどうにでもなれ!という気持ちだった。
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