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「先生の教え子でありながら、きちんと部を指導できない私で本当に申し訳ないです。私では、いや、多分、東山高校の音楽教師が来たとしても、先生ほどの指導は無理でしょう」 そこまで一気に言うと、森田先生は一息ついた。 「夏のコンクールまで、あと3か月。それまでに、あの子たちに本当の合唱というものを知って欲しいんです。合唱好きな子たちだとは思いますけど、本当はもっともっと楽しくて奥が深いものだと言うことに気付いて欲しい。そして、いい思い出を作って欲しいんです」 真剣な表情の先生をずっと見ていた俺は、驚いた。 森田先生は泣いていた。 「今の3年生が入学したのは、私が東山に転任したのと一緒でした。その間、もっと言えば、その何年も前から東山高校の合唱部は、コンクールで努力賞しか取ったことがないんです。彼らは、それが当たり前でまるで部の伝統のようになっている。特に、部長の本郷という生徒、彼女は音大への進学を目指していて、部長としても頑張っているんです。彼女に、せめて、銅賞を取らせてあげたい。晴れ晴れしい気持ちで、コンクールの表彰台に立たせてあげたいんです」 俺は、森田先生の彼女に対する熱い気持ちを知った。 「そう。そうなの」 父親は一通り話を聞いた後、暫く考えているようで、それきり黙ってしまった。 「本来ならね」 5分ほどの後、父親が話を始めた。 「私は中学生の合唱専門なんだよ。それしかやったことないしね。高校生は無理だと断るつもりだったんだけど…」 まだ涙の残った瞳で、森田先生が心配そうに父親を見る。 「でも、しょうがないなあ。教え子に泣いて頼まれたんじゃ。で、私はいつ行けばいいの?」 「先生のご都合のいい時で。できれば、週に一度くらい来て頂けると…」 「オッケー。じゃ、金曜でいい?」 「はい!お願いします!」 森田先生は、とびきりの笑顔で、思いきり頭を下げた。 俺は、多分、合唱部に入るのだろうと思った。 他のほとんどの事に関して寛容な父親だが、音楽に関しては厳しく、自分の意見を押し付けて来た。 そして、俺もそれに従って来た。 反抗心もあったが、元来の音楽好きであり、どれも苦痛ではなく、寧ろ楽しみだった。
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