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父親の期待に応えるために、俺は音楽をやってきたわけではない。
振り返って見れば、うちの中には、小さい時からいつも音楽が溢れていたし、俺の中には、音楽好きな遺伝子も、音楽の才能も、きちんと形成されていたのだ。
だから、父親から音楽を教えられることは、父親だけでなくて、俺にとっても、生き甲斐のようなものだった。
音楽が、俺の全て。
学校であった嫌なことも、祖母からの細々した小言のストレスも、音楽が解消してくれた。
俺が、夢中になれる唯一無二のものだったのだ。
音楽以外に関して、俺は冷めた性格をしていた。 母親に対しての感情が、その最たるものであろう。
母親が出て行く日でさえ、俺はまるで出勤する時かのように、
「じゃあね」
と見送り、その日は一日ピアノを弾いていたのだから。
普通の中学生だったら、自分のお母さんが家を出て行くことになれば、もう少し動揺するだろうな。俺は、涙の一粒も流さなかった。
それより、いつも同じ所でミスタッチをしてしまう曲がパーフェクトにできたことの方に興奮していた。
母親よりも、音楽の存在の方が大きかったんだ。
勉強は、そこそこできたし、スポーツも同様だ。女子からのアプローチもそれなりにあったが、無視した。
面倒だ。
音楽以外の全てのことをその感情で片付けていた。
そう、彼女に会うまでは。
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