4/6
前へ
/103ページ
次へ
父親の期待に応えるために、俺は音楽をやってきたわけではない。 振り返って見れば、うちの中には、小さい時からいつも音楽が溢れていたし、俺の中には、音楽好きな遺伝子も、音楽の才能も、きちんと形成されていたのだ。 だから、父親から音楽を教えられることは、父親だけでなくて、俺にとっても、生き甲斐のようなものだった。  音楽が、俺の全て。 学校であった嫌なことも、祖母からの細々した小言のストレスも、音楽が解消してくれた。 俺が、夢中になれる唯一無二のものだったのだ。 音楽以外に関して、俺は冷めた性格をしていた。 母親に対しての感情が、その最たるものであろう。 母親が出て行く日でさえ、俺はまるで出勤する時かのように、  「じゃあね」 と見送り、その日は一日ピアノを弾いていたのだから。 普通の中学生だったら、自分のお母さんが家を出て行くことになれば、もう少し動揺するだろうな。俺は、涙の一粒も流さなかった。 それより、いつも同じ所でミスタッチをしてしまう曲がパーフェクトにできたことの方に興奮していた。 母親よりも、音楽の存在の方が大きかったんだ。 勉強は、そこそこできたし、スポーツも同様だ。女子からのアプローチもそれなりにあったが、無視した。 面倒だ。 音楽以外の全てのことをその感情で片付けていた。 そう、彼女に会うまでは。
/103ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加