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「今日から、発声練習は、笠井がやることになったから。後輩と言えども、笠井先生からの遺伝子と指導をしっかり受けてるから、実力はおりがみつきだぜ。笠井も、先輩に言いづらいかもしれないけど、思ったようにして、思ったことを言ってもらえばいいから」
月曜の部活の始まり。
続々と音楽室に集まってきた部員たちを前に、田中さんが宣言した。
戸惑う部員たち。
ふと、彼女の方を窺うと、隣の3年女子の先輩と笑いながら何か話をしている。
田中先輩に促され、俺はピアノの前に座る。
「すみません、そういうことなんで始めます」
一言だけ言って、ピアノで和音を奏でた。
彼女のことはもちろん、他の人たちの顔を見ることもできず、俺はずっとピアノの鍵盤を見つめたまま、発声練習を始めた。
基本的には、これまで彼女がやってきたのと同じことにした。
やりたくない気持ちの一方で、他の先輩をさしおいての責務にいい加減なことはできないと思い、俺はできる限りのことをしなくてはならないと感じていた。
前で聞く部員たちの声は頼りないものではあったが、俺が言うとそれなりの反応があり、父親が言っていた素直さのようなものは感じられた。時間を見て、俺は発声練習を終わりにした。
初めての大役に、掌が汗でぐっしょり濡れていた。
鍵盤に続いて、掌の汗をぬぐっていると、
「パート練習ー」
という、田中さんの言葉で、部員たちは各々の練習場所に散って行った。
彼女も、2年の女子と戯れるようにして音楽室を出ていく。
その後ろ姿を見送っていると、田中先輩が俺の所にやってきた。
「お疲れ様。緊張してた?」
俺は、少しはにかみながら頷いた。
「初めてにしちゃ上出来だよ。また、明日からも頼むな」
不安になった俺は、田中先輩にたずねる。
「先輩たち、気を悪くしてなかったですかね?」
「大丈夫、大丈夫。お前はそんなこと気にしなくていいから」
田中先輩は、思いきり笑顔で、思いきり俺の背中を叩いた。
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