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彼女は、いつも父親の話を真剣に聞いていた。 そして、一緒に歌う俺のことは、多分、馬鹿にしていたのだと思う。 それは、俺の実力うんぬんということではなく、年齢の問題である。 2つ下の俺を彼女は、馬鹿にするというつもりはなくて、ただかわいがってくれていたのだと思う。 いつも優しく、俺を弟のように扱っていた。 それが俺には悔しく、馬鹿にされているように思えてしまったんだ。 わざと反抗的な態度を取ってしまった、そんな時すら彼女は、 「可愛いね」 と言って笑った。 どうあがいても、彼女が俺を同等に扱ってくれることはなさそうだ。 たった2つの年の差だが、一生それが縮まることはない。 その現実に気付かされ、俺が絶望感にさいなまれている頃、彼女がうちの教室をやめることを聞いた。 彼女は、もっと実績のある遠方の先生のところに移ることになったのだ。 これは、父親も勧めたことで、彼女のさらなる実力アップを図るために必要なこと。 わかってはいたけど、俺は最後の日、彼女に会うことすらしなかった。 反抗期の中学生の、幼い抵抗。 それは俺にとって初めての失恋だったんだ。 もう会えない。 まだ、何も始まっていない恋の終わり。 やはり、俺はピアノを弾き続けた。
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