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「あら、流石ね」
相変わらず能面のような表情で発した言葉は、まるで僕のことを知っているかのような口ぶりだった。
「……何が?」
男の頭から足を退かし、目を細めながら女を見る。僕は目が悪いのだ。できることなら、今目の前にある現実を視界から消してしまいんだけど。
「何が、だなんて、そんなの決まってるじゃない」
女はぼんやりと空を眺めながら、また冷たい声で言う。
「流石“人殺しの息子”ってこと。何の迷いもなく人の頭を踏みつけるなんて、下手したら死んでるわよ。その下種」
バットのほうが危ねえだろ。
そんな羽も生えていない言い訳を無理矢理飛ばし、僕の方が暴力の度合いは低いですよー、と訴える。これで彼女のほうが軽い罪だった場合、僕は涙腺から涙以外の物体を流せそうだ。
……だけど。
「……あー、なるほど」
知ってるんだ、そういうの。鬱陶しいな。
女は空に向けていた視線を僕に向け、男の時と同じように訊ねてきた。
「下種に乱暴されかけたところを人殺しの息子に助けられるなんて、本当、世界は狭いわよね――あなたに分かるかしら? わたしの気持ち」
僕は答える。
「分かんねぇよ」
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