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「長谷川、今日はもう遅い。ホームルームも終わった。勉強で分からないことがあるなら、明日また教えてやる。さあ、帰った帰った。」しかし長谷川は帰る素振りを見せなかった。
「先生。年下は、駄目ですか」
俺は冷や汗をかいていた。左手から雫が滴り落ちるほどに。誤魔化すために行っていた黒板掃除も、白く染まる黒板消しのおかげで、かえって黒板を汚していた。考え過ぎだ。きっとそうだろう。相談相手がいないから、歳も近く、担任の俺に、何か相談を持ちかけているのだろう。そうだ。きっとそうだろう。
「駄目ってわけじゃないが……」
そう聞くと、長谷川の顔が見違えるように晴れていた。
「本当。本当ですか。……じゃあ、大丈夫ですね」
「なん、なんだ。なに、何が、大丈夫だって」
「……先生。あたしのこと、長谷川じゃなくて、下の名前で読んでくれませんか」
突然何を言い出すのかと思うと、俺は聞こえるほど喉を鳴らした。
「か、か、楓。こ、これでいいのか」
生徒を下の名前で呼ぶことがないので、何度も吃ってしまった。
「先生……。これから言う事、真剣に聞いてくれますか」
「あ、明日じゃ、駄目か」
「駄目なんです……」
うすうす感じ取っていたのかもしれない。俺はとにかくその場から逃げたかった。
「先生……。先生……。あたしのこと、嫌いですか」
「い、いや」
「――好きですか。」
「……」
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