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「最初に出会った時はそうでもなかったんです。でも、先生の声を聞いて、チョークを握る指先を見て、ときどきネクタイを直す仕草を見て、聞いていようとも、いないとも、授業を無駄に切り上げたりしない姿勢。もう、どうしようもないんです。すぐに、打ち明けなきゃ。駄目になりそうで――」
俺は、教師と生徒の恋愛という話を幾度となく耳にした。大概のものは生徒の身体目当てであり、聞く価値もないほどつまらないもので、そうでなくても、俺はそのことに対して充分な偏見を持っていた。愚。愚。その関係で上手くいったなんて聞いたことはない。愚だ。愚だ。
だが、今この場で、直面していると、そういった事例に対する今までの考え方が、愚であると思い始めた。
今の長谷川は正直、見間違えるほど美しい。高校生である可愛らしく整った容姿、それでいてどこか妖艶さが存在している。化粧気がないので本来の美しさであると改めて言えることだ。自然な端麗と言うものか。目が眩みそうだった。特に教師になるまで女っ気がなかった俺にしては。彼女を手に入れてしまえさえすれば、美貌の点で他の女と較べようが引けは取らないだろう。しかし……
「ごめん……」
「……」
「俺は、腐っても、教師なんだ……。分かってくれ……」
教師でなければおそらく答えは違っていただろう。長谷川も俺のことを知ることもなかっただろう。そこにある隔たりは決して薄いものではないことは俺自身が間違いなく分かっていたことだ。そして長谷川も……
「わかりました」
長谷川は表情を変えず、すくと立ち上がり後方のドアより教室を後にしようとする。ガラッと音を立ててドアを開けて退室しようとする刹那。
「先生。」
立ち止まり、振り返ったその顔は、微笑んでいた。そして、重なりあう睫毛から流れる一筋の涙――。
「卒業式まで、仲良くしてね」
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