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玄関のドアをノックする音がした。
「誰だ?」
魔女が言うと、二人の男女が入ってきた。
男は、身なりの整った、黒髪の青年。
一方、女は灰色の服に木靴で、埃まみれと、異色の二人組である。
「実は、この度私たちは結婚することになりまして、いろいろな方に挨拶して回っているんです」
男が嬉しそうに言うと、女も微笑む。
その時、人魚姫が男の前に顔を出す。
「拾い子ちゃんじゃないか。こんなところでどうしたんだい?」
人魚姫は答えない。いや、答えたくても答えられない。
「お知り合いですか?」
女が男に言う。男は女に向き直った。
「この子は、城の前で会った子だよ。喋れないみたいだから、私は拾いっ子ちゃんって呼んでいるけれど」
人魚姫を見て男は返す。
「きっと城の者も心配してるよ。私たちと一緒に城に戻ろう」
しかし人魚姫は『いや』と言うように首を振る。
「じゃあ後から来るかい?」
『そうじゃない』と首を振る。とても悲しそうな顔をしているのに、人魚姫は涙を流さない。
いや、本当のことを言うと人魚は涙を流さない生き物なのだ。
だから人間には彼女の切なさは、いくらも伝わらない。
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