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さわさわと草地をそよがす風を感じる。
もうどれほどの時が経ったろうか。
この上なく張り詰めていた二人の緊張感が、時とともに緩み始める。
ざわざわと灌木を揺らす風を感じた。
少し風が強くなったろうか。
だがあの黒い塊に動く気配はなく、そこからもあれが雲の類ではないことがわかる。
では、何なのか。
そう考えるヤックの頬を、冷たい風が叩いた。
「ちょっと寒いな。風が強くなってきたんじゃねえか?」
この漏れ出たセリフが合図だったわけではないだろうが、今までヤックの髪をなびかせていた風が途端に強さを増したようだ。
「口は災いのもとだな、ヤック」
「知るか!オレのせえじゃねえだろうが!」
口ひげをそよがせヤックを皮肉るドレイクの声も打ち消すほど、風はにわかに強さを増してきた。
もはや普通に立っていることすら適わず、自然、目を開けていることも出来ない。
ごおという強い風。
二人はやむを得ずしゃがみ込んだ。
するとどうだろうか。
あれほどひどい勢いであった突風が、ぴたりと止んでしまったのである。
「何だってんだよ、ちくしょう」
ぼやきつつ立ち上がるヤック。
そして、言葉を失う。
「やれやれ、なんて風だ」
そう言って立ち上がったドレイクの肩を、ヤックはしきりに叩いて報せた。
「痛いぞ、ヤック。どうした?」
無言でヤックが指差す方向を、ドレイクが細い目で追う。
そこは森の上空であり、先ほどまで薄気味悪い黒雲が浮かんでいた所だ。
「ほう。これはなかなか、大掛かりな手品ではないか」
口ひげを震わせ、細い目をわずかに見開きドレイクは唸る。
そしてヤックへと移していた視線を、再び良く晴れ渡った秋空へと戻した。
「本日も快晴。雲一つ無しだな」
すなわち、あの異様な黒い塊は、すっかり消え去っていたのである。
上空はもちろん、その下に広がる森林地帯にも、例の影の痕跡は見受けられない。
それはまさしく、あっと言う間の出来事であった。
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