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「ありがとよ、隊長さん」
ぶっきらぼうに、照れた様子で頬に走る傷痕を弄るヤック。
そしてガラにもないと、すぐにそっぽを向いて舌打ちを鳴らす。
そんなヤックを見て、ドレイクは糸のような細い目を可能な限り見開いた。
そしてすぐさま、櫓の下に向かって叫ぶ。
「総員、第一級戦闘配備だ!!あのヤックが礼を言った。敵襲があるぞ!!」
ドッと巻き起こる喚声。
中庭に詰める兵士たちに、笑いが広がった。
「テメー!言い過ぎだろ!人が素直に感謝してんのによ!」
不平を言うヤックの言葉に、兵士たちの笑い声はさらに高まる。
「そうだべ、隊長さん。『敵襲』は言い過ぎだべ。せめて『雨が降る』くらいにしてやってけろ」
「よし、わかった。ヨッブ!テメーそこを動くなよ!」
怒り心頭に梯子を降りようとするヤックと、『うわー、敵襲だべー』と逃げ惑うヨッブに、場の雰囲気はさらに盛り上がっていった。
だが、
「おい、ヤック!あれを見ろ!」
梯子に足をかけたヤックの肩を掴み、ドレイクが櫓の上へと引き戻す。
「っんだよ?いきなりよー」
たらたらと不平を言いつつも、ヤックはドレイクの隣へ戻り、彼の指差す方向を見やる。
そして瞠目。
しばし、言葉を失う。
「……なんなんだ…ありゃあ?」
ここ北の砦よりも北側は、ウォルド国の掟と言い伝えにより立ち入ることが禁じられていた。
信心深い『森の民』はそれを守り、北の森にはいっさい踏み入らずに過ごしてきたのだ。
そしてこの砦を構えた一帯は、そんな禁断の森と南側の国土とを隔てる、木々の開けた草原地帯である。
森を見張るには絶好の位置であり、森の入り口とも言える木立が一望出来る、格好の立地なのであった。
そして今、その森の入り口にあたる木立の隙間から、もぞもぞと這い出る物体がヤックの目に止まった。
獣や虫ではない。
かと言って当然、人でもない。
「おい、ヤック。何が見える?」
糸のような細い目を見開き、ドレイクがそう問いかけるものの、正体が分からないヤックには答えようがなかった。
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