第一章 「目覚める悪夢」

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それら数々の準備を遂行するべく、全員が精悍な顔つきとなって持ち場へと駆け出していった。 蔵から武器を調達してくる者。 門を閉ざし、防備を固める者。 そして国都に危急を報せるべく、烽火をあげる者。 「大丈夫だ、ヤック。ここから都まで、急げば半日とかからん。つまり半日持ちこたえれば、必ず援軍がくる」 口ひげを震わせ、ドレイクはヤックの肩を叩いた。 だがそんなドレイク隊長の心遣いに対して、ヤックはかぶりを振る。 「半日だって?正気かよ?ヤツらまだ増えてるんだぜ?このままじゃあ、半時と保たねえよ」 彼我の距離は徒歩にして約一時間といったところなので、まだ至近というほどではない。 だが見渡す限りの草原地帯は、今やもぞもぞと這い回る黒い物体に埋め尽くされ、背の低い下草など見えなくなっていた。 「半時と保たない?おいおい、ヤック。オレも同感だが、そういう本音は芋と一緒に飲み込んでおけ。これから半日は、芋すら食えなくなるんだぞ?」 迫り来る異形の大軍をものともせず、ドレイクはひげを震わせ軽口を叩く。 「芋、芋うるせえよ。おかげでヤツらが芋虫に見えるじゃねえか」 「ハッハッハ。それはいい。ではヤツらを『黒芋虫』と名付けよう」 這い回る黒い物体は、『芋虫』と呼ぶには相当に大きい。 人の体を横たえたほどの長さと、猪ほどの高さ及び胴回りを持ち、芋虫と言うより山蛭のような風貌である。 どろどろとした黒い粘液で覆われた体皮が尋常ならざる気味の悪さを醸し出し、まさしく生理的嫌悪の塊と言うに相応しいものであった。 『黒芋虫』では少し、可愛らし過ぎるであろう。 さて、その『黒芋虫』であるが、彼らの歩行速度はかなり遅く、徒歩で一時間の道のりも彼らには倍ほどかかると思われた。 ぬらぬらと体を黒光りさせて、足の無い身体で文字通り這い回る巨大な『黒芋虫』。 ドレイク以下北国境警備隊は、そんな気持ちの悪い外敵からこの砦を半日に渡って守り抜かねばならないのである。 「さあ、ヤック。待ちに待った初陣だ。期待してるぞ」 「やべえ、昼飯の芋がまた戻ってきた」 あえて陽気な声を挙げるドレイクと、口元を抑えるヤック。 この北の砦における攻防が、後に大陸全土を巻き込む争乱の口火となろうとは、今の彼らには知る由もないことである。
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