プロローグ

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暗い、と言うより黒い。 濃緑に茂る木々の葉が日差しを遮り、そこは昼だというのに薄暗かった。 葉の隙間から漏れ射す陽光、いわゆる木洩れ日でもあれば、それは幻想的にまで美しく、童話で語られるほどに優しい、癒やしの空間と感じたかもしれない。 だが現実には、背の高い針葉樹たちが互いの権勢を誇り合うかのように枝を伸ばし、幾重にも葉を茂らせているため、一筋の光さえ彼の立つ地表へは届いていなかった。 完全なる闇と言うわけではなく、目が慣れればなんとか身近が見渡せるほどの明度であるため、わずかながらに光子は降り注いでいるのかもしれない。 だが、実際のところそれらは焼け石に水であり、松明がなければ歩くこともままならないという有り様であった。 また、歩きづらいという点では今踏みしめている地面も同様。 陽があたらぬせいで下草こそないものの、歩行の障害となるものはそこら中に溢れている。 苔むした巨大な倒木。 顔の高さに垂れ下がった蔓草。 壁のごとく群生する、茨のように棘持つ羊歯類。 それらすべてが、ここは人跡未踏の地であることを声高に主張しているのだ。 「さすがは『黒魔の森』。すべての命が、どす黒い」 そのような侵入者を拒む自然の要害を、一つの人影が進んでいた。 蔓草を払い、羊歯茨をなぎ、倒木を踏み越えて、人影は黒い森の中を進む。 その目的を感じさせるしっかりとした足取りが、彼を迷い込んだ旅行者ではないと如実に物語っていた。 黒一色という風景に溶け込みそうな外套が、険しい道のりを行くその人影の歩みに合わせてひらひらと揺れている。 そもそもここは禁断の地。 旅行者はおろか、地元の猟師や木こりでも一切立ち入らぬ、『禁忌の森』なのである。 この黒外套の人物はこのような場所に一体何の用があるのか、顔色一つ変えずに障害物を押しのけて行く。 手に持つ松明の明かりが時折その顔を舐めるが、そこに表情と呼べるものは浮かんでいない。 「ここが、『巣』か…」 どれほどの間、この黒い森をさまよっていただろうか。 手にした松明が半分ほど燃え尽きたころ、ようやく黒外套の人物は目的の場所へと辿り着いた。 「想像より、随分と小さいな…」 それは巨木であった。 樫なのか、楢なのか、はたまた杉なのかはわからないが、樹齢にすれば千年に達するであろうほどの、巨大な古木である。
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