第一章 「目覚める悪夢」

2/13
前へ
/101ページ
次へ
風は、様々なものを運ぶ。 草原の香りを運び、心地良い日差しを運び、鳥たちのさえずりを運ぶ。 匂いを運び、熱を運び、音を運ぶ。 そして今もまた一陣の風が、遠く離れた町からの祭り囃子をこの北の果てへと運んできた。 「祭りか…」 そんな風の贈り物を受け取った青年が、櫓の上で遠方を眺めつつ、ぶっきらぼうにつぶやいた。 キツネのように釣り上がった目にわずかに愛郷の色を灯し、彼は南に広がるはずの町を振り返った。 「収穫祭だべか。早いもんだべなぁ」 キツネ目の青年が不意に振り返ったため、隣にいた巨漢の男も釣られて南方を眺める。 平均的な成人男性より二周りほど大きな体格を有するその男は、もともと垂れ気味である目元をさらに緩ませ、その大きな口を開いた。 「オラたちがここに来てからもう一年だか…今頃町じゃあ、ウマいもん食ってんだべなぁ」 気を抜くと涎が滴りかねない半開きの大きな口を見て、キツネ目の青年が舌打ちを鳴らす。 「おい、ヨッブ。テメーは食いもんのことしか頭にねえのか?」 不躾に文句を言ったあと、青年は再び舌打ちを鳴らす。 だが一連の無礼な仕打ちにも、ヨッブと呼ばれた巨漢の男はまったく気にした様子はなかった。 「だども、ヤックだって、祭りは好きだべ?」 「ケッ。オレは祭りが好きなんじゃねえ。祭りのときは、酒がタダで飲めるから好きなだけだ」 キツネ目の青年ヤックは、ヨッブの言葉にそう毒づいて、頬に走る傷痕に触れた。 「ナハハ。ヤックはホントに酒好きだべなあ」 「ケッ。大食らいのテメーに言われたかねえよ」 垂れた目で笑いかけるヨッブに、ヤックは三度舌打ちを返す。 物見櫓の上で交わされる会話にも、今日ばかりは祭りの気配が濃厚のようであった。 「おーい。ヨッブ、ヤック。交代の時間だ」 と、そこへ、櫓の下から声がかかった。 「わかっただー」 巨漢に違わぬ大きな声でヨッブは応え、その重そうな身体を梯子の上へと移動させる。 「トロ臭えなあ、さっさと降りろよ、ヨッブ」 「ナハハ。すまねえだな。ちょっくら待ってけろよ」 彼らにとっては日常的な言い争いの後、二人は物見櫓の下へと降り立った。 「休憩の前に隊長のところへ寄っていけよ」 交代を告げに来た同僚にヨッブは愛想良く、ヤックは無愛想に返事を返し、彼らは連れ立って砦の中庭を歩いて行く。
/101ページ

最初のコメントを投稿しよう!

53人が本棚に入れています
本棚に追加