53人が本棚に入れています
本棚に追加
風は、様々なものを運ぶ。
草原の香りを運び、心地良い日差しを運び、鳥たちのさえずりを運ぶ。
匂いを運び、熱を運び、音を運ぶ。
そして今もまた一陣の風が、遠く離れた町からの祭り囃子をこの北の果てへと運んできた。
「祭りか…」
そんな風の贈り物を受け取った青年が、櫓の上で遠方を眺めつつ、ぶっきらぼうにつぶやいた。
キツネのように釣り上がった目にわずかに愛郷の色を灯し、彼は南に広がるはずの町を振り返った。
「収穫祭だべか。早いもんだべなぁ」
キツネ目の青年が不意に振り返ったため、隣にいた巨漢の男も釣られて南方を眺める。
平均的な成人男性より二周りほど大きな体格を有するその男は、もともと垂れ気味である目元をさらに緩ませ、その大きな口を開いた。
「オラたちがここに来てからもう一年だか…今頃町じゃあ、ウマいもん食ってんだべなぁ」
気を抜くと涎が滴りかねない半開きの大きな口を見て、キツネ目の青年が舌打ちを鳴らす。
「おい、ヨッブ。テメーは食いもんのことしか頭にねえのか?」
不躾に文句を言ったあと、青年は再び舌打ちを鳴らす。
だが一連の無礼な仕打ちにも、ヨッブと呼ばれた巨漢の男はまったく気にした様子はなかった。
「だども、ヤックだって、祭りは好きだべ?」
「ケッ。オレは祭りが好きなんじゃねえ。祭りのときは、酒がタダで飲めるから好きなだけだ」
キツネ目の青年ヤックは、ヨッブの言葉にそう毒づいて、頬に走る傷痕に触れた。
「ナハハ。ヤックはホントに酒好きだべなあ」
「ケッ。大食らいのテメーに言われたかねえよ」
垂れた目で笑いかけるヨッブに、ヤックは三度舌打ちを返す。
物見櫓の上で交わされる会話にも、今日ばかりは祭りの気配が濃厚のようであった。
「おーい。ヨッブ、ヤック。交代の時間だ」
と、そこへ、櫓の下から声がかかった。
「わかっただー」
巨漢に違わぬ大きな声でヨッブは応え、その重そうな身体を梯子の上へと移動させる。
「トロ臭えなあ、さっさと降りろよ、ヨッブ」
「ナハハ。すまねえだな。ちょっくら待ってけろよ」
彼らにとっては日常的な言い争いの後、二人は物見櫓の下へと降り立った。
「休憩の前に隊長のところへ寄っていけよ」
交代を告げに来た同僚にヨッブは愛想良く、ヤックは無愛想に返事を返し、彼らは連れ立って砦の中庭を歩いて行く。
最初のコメントを投稿しよう!