第一章 「目覚める悪夢」

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北の砦。 そういう呼称が着けられた、北の国境に隣接するこの砦は、相当に歴史が深い。 大人の背丈の二倍程もある石塀の石が、長年の風雪にすっかり丸みを帯びてしまっているほどである。 だが、それ程歴史が深いにも関わらず、この砦を誰が何の目的で作ったのか、ここに駐屯する三十名の兵士誰一人として知る者はいなかった。 通常砦とは、外敵の侵入に備えて国境添いに配備するものである。 しかしこの地、『森の国 ウォルド』は、大陸の北の果ての国。 外敵どころか、ここより北は人跡未踏の地なのである。 では何故そのような砦に兵士が詰めているのかと言うと、それはひとえにこの地に住まう人々、『森の民』の信心深さに他ならない。 「北の境に砦を築き、そこよりさらに北の森を監視せよ」 もう何代前になるかも分からぬ昔の王の言葉を脈々と受け継ぎ、今でも忠実に守っているのである。 だが、遥か昔には明確な意図があったであろう王の言葉も、世代が進むにつれてその意味は希薄になり、今ではただ形式的に見張っているに過ぎなくなっている。 それでも見張りを続けているだけ『森の民』の信心深さが窺えるというものだが、同じウォルド国民といえど千差万別。 特にヤックにとっては、この無意味な見張りが嫌で仕方がなかった。 「失礼しますだよ」 中庭を通り抜け、二人はある部屋の扉を開いた。 そこはこの隊を取り仕切る者、ウォルド北国境警備隊隊長の執務室である。 「今日も異常なしですだ。隊長さん」 部屋の四隅をランプの灯りで照らした小さな部屋。 そこに木製の大きいが粗末な事務机を置き、同じく粗末な造りの椅子に座って、一人の男が書き物をしている。 「入る前にノックをしろと、いつも言っておるだろう。ヨッブ」 ペンを持つ手を降ろして男は立ち上がり、事務机の前へと回り込む。 「ナハハ。すまねえだ。隊長さん」 「まったく…まあ、いい。二人とも、見張りご苦労だった」 隊長なる男はキリッと整った細い眉に力を込め、同じく糸のように細い目をさらに細めて、わずかに口ひげを揺らした。 どうやらこれが、この男の笑った時の仕草であるらしい。
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