鎖縛

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この時期にわざわざ帰郷し、墓参りするのには訳がある。一つ目は休暇が取りやすいということ。二つ目は春を迎える前に会っておきたいということ。夏の暑さには耐えられても、冬の寒さを1人で耐え凌ぐのはつらいだろう。 電車を降りて花屋により花を買う。この時期にぴったりのシクラメン。花にはあまり詳しくないが、それでも毎年違ったものを選んでいる。この時期だし、すぐ枯れてしまうだろうけど、ないよりはマシだろう。 寺に着き、鳥居をくぐろうとすると向こう側に一匹の猫がいた。真っ黒で毛並みのきれいなやつだった。オレを見つけるなり立ち止まり、そして座った。目を真っ直ぐ見て一声「にゃぁ」と鳴く。そしてもう一声「にゃぁ」と。同じ間隔で同じように繰り返す。「ごめんな。お前の言葉はオレには届かないよ。」歩みより頭を撫でながらそう言った。そして黒猫の横を通り過ぎ、しばらくしてから振り向くと、そこにはもういなかった。ただ一度だけ、あの「にゃぁ」と鳴く声がどこからか響いてきていた。「お前の言葉は届かない」か。オレの言葉はお前に届いたのかな。
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