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「こんにちは、あなたがフランツね?」
マダム・タリアンは赤い唇を開いた。
落ち着いた、母性の滲んだ声だった。
「是非とも、フランス風にフランシスとお呼びください。」
「そう、…フランシス。
ジョゼフィーヌから知らせがきたわ。
向こうで火遊びをして逃げてきたんですってね。
…さすがに魅力的だわ。」
そう言って、マダム・タリアンは私の頬に手をかけた。
私は、童貞男のように頬を赤らめた。
私はそんな状態なのに、精一杯都会的に振る舞おうとして、マダム・タリアンの手に自分の手を重ねた。
「マダム、私からも同じ言葉をあなたに。
さすがはタリアン子爵夫人だ、目が覚めるほどに美しい。」
私がそういうと、マダム・タリアンは笑った。
「お口が上手ね、坊や。
安心しなさい、私が面倒をみてあげるわ。」
私は、心の底から嬉しくなった。
母性というものは優しく淑やかで、挑発的な色香はもたないものと決めてかかっていた私は、マダム・タリアンを一目見て、予想しなかった色香にやられてしまったわけである。
しかも、彼女からは麝香の香りがした。
「ついておいで。とりあえずは、サロンになる広間に案内するわ。
心細いでしょうし、部屋が手配できるまで、友達でも作っておいで。」
私は心から安心した…
この見知らぬ土地で、私は居場所を確保したのだ。
私は、喜んで頷いた。
たくさん友達を作ろうだとか、子供っぽい考えが頭に浮かんだ。
まあ、その友達作りの場所、即ちサロンで、パリ野郎がどれだけ扱いにくいかだとか、どれだけ気難しいかだとか、よくよく知っていくことになるんだけどもね。
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