タリアン夫人のサロンでの日々

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マダム・タリアンは、速やかに私を広間に案内した。 そこは、アイゼンシュタイン家の、わずかにバロックの香りを残す、豪奢を極めた内装とは違っていた。 銀や、白、パステルカラーを貴重とした上品な部屋、床は木目調で、壁にはブーケ柄のタペストリーがかかっている。 家具類も、白で統一されていた。 マダム・タリアンはその中に溶けるように入っていった。 「メルシー、ルイ、新しい仲間よ。」 私は呆然としていて気づかなかったが、広間には二人、先客がいたようだった。 二人はしずかに私に寄ってきた… 片方は、長身に青い目の美丈夫で、片方は緑の目でややふっくらとした少年だった。 マダム・タリアンは、手短に私を紹介すると、二人に自己紹介をさせた。 それによると、美丈夫のほうは、メルシー・アルジャントー、33歳、コミック座で歌うテノール歌手ということで、少年のほうは、ルイ・シャルル17歳、ボーイソプラノからカストラートに変わって間もない、やはり歌手ということだった。 私は、まずメルシーに握手を求めた。 「よろしく。」 「…よろしく。」 メルシーは微妙な表情をしながら私と握手した。 そして、ルイは、私に頭を下げ、それのみであった。 やがて、マダム・タリアンが私の部屋を手配に出かけると、私はこのパリジャンたちの相手をしなくてはいけなくなった… このメルシーという男は面倒な奴で、私は今でもこの男が好きになれない。 メルシーは、退屈と、皮肉と、二回りした機知で固められた、典型的なフランス人なんだ。 まあ、私はドイツ人だったから、フランス人に対してそういうイメージを持っていたけども、フランス人もそういう奴ばかりではないよ。一応弁解しておく。 時には、素直で優しい奴もいるし、フランスのご婦人方は、ドイツのご婦人方に比べてずっとエロティックで素敵だ。 つまり…結論を言えば、私とメルシーは友達になれなかったって、そういうわけさ。
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