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「待ちくたびれましたわ」
退屈そうな顔で紫さんは立ち上がる。
そして自身の服を軽く叩き、僕に背を向けた。
何もない空間を彼女の指がゆっくりとなぞっていく。
なぞられた箇所には切れ目が入っていた。
なぞり終わると同時に、切れ目は一気に広がる。
空間は見事に割け、穴がぽっかり空いていた。
穴の中からは、無数の目がこちらを覗く。
不気味極まりない光景だった。
「さ、入りなさい」
紫さんが促す。
僕はゆっくりと足を進めた。
不思議なと躊躇はしていない。
自分のしている事は、この上なく異常である。
命の危険だってあるのだ。
いくら準備をしたとはいえ、自ら地獄に身を投じる行為など、普通は躊躇うものである。
しかし、そんな悠長に構えていられる程の余裕は、僕にはなかった。
目の前の異常さに、疲れてしまったのか、あるいは、僕はすでに普通ではなかったのかもしれない。
隙間がゆるやかに塞がれていく。
僕は世界にさよならを告げた。
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