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なだらかな山の端が消え入る辺り、ちょうど何かが生まれる様にそれは現れた。 鐘を撞いた後の余韻の様に「もぉんのんのん」という音を伴い、夜空の半分を埋め尽くす「巨大な鯨」。“僕等”はそれを「のんのん鯨」と呼んでいた。 夜更けに鉱石ラジオから途切れ途切れに聞こえる意味の解らない言葉。風の具合でそれは時々鮮明になった。 暗闇で目を凝らして数える天井の節穴は64個から変わらない。枕元にある食べかけの桃缶が甘く香った。 夏の終わりに体調を崩してもう一ヶ月が経つ。学校はそろそろ運動会の準備をしている頃だろう。「僕は病気だからしょうがないんだ」 太市は心の中で呟いた。そうすると「不安」は「諦め」と言う暗示によって「安心」へと変わっていく。鉱石ラジオは「ブッ…ブッ…」と雑音しか聞こえなくなっていた。太市はラジオのダイヤルを回しスイッチを切った。微かに聞こえる虫の声。目を閉じると「温かい闇」がゆっくりと回転した。 夜中に祖父が便所に起きた。太一の部屋の前で「コンコン」と空咳を二つした。薄い意識の中でそれを聞いた。誰が撞いたのか、寺の鐘の余韻が流れている。「こんな夜中に…」 やがてその余韻は津波の様に大きくなり、家全体を呑み込もうとしていた。
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