プロローグ

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 嵌め込み式の窓ガラスには、機関銃を撃ちっぱなしにしたような激しい雨が衝突を繰り返していた。もしここが戦場ならば逃げ出す人も現れるかもしれない。水滴で歪められた外の世界は、僕達のいる車内とは綺麗に分断されているように感じる。  そして出来ることならば僕はこの空間から逃げ出したかった。一刻も早く、だ。  社会的な(それも中流以下の)生活を送って来た人間のほとんどは経験したことがあるだろう。前後左右を肉の壁に挟まれるというのはおよそ考えられる上で三番目に不快なものだ。更に今日は雨が降っており、湿度も絶好調うなぎ登り。二位のガムを踏んだ靴で階段を上る不快と一位の古本屋で買った本の値札シールが剥がしにくいときの不快も捨てがたいが、今回は満員電車に軍配が上がり一位昇格ということで僕の密かな不快ランキングは変動を見せた。  電車が揺れる度に客の身体も揺れ、肩と肩がぶつかりあい、後ろからは前に押し出されて、前からは後ろに追いやられるという理不尽な待遇を強いられるこの空間。  どうして誰も文句を言わないのだろう。  もしかしたら僕以外の人間はこの満員電車に乗ることで給料でも貰っているんじゃないか。それともマーシー・ルーベントが書いた『自己中心の真実』で登場する世界のように、僕以外の人間は感情のない代替可能なアンドロイドなのかもしれない。  どちらにせよ不快だった。いっそ僕もアンドロイドならばどんなに楽だろうか。
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