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「そろそろ時間ですので私達は行きますね」
開演時間が近づき、彼女達は準備の為、ステージ裏を後にした。草野は仲睦まじく去って行く三人の後ろ姿を微笑ましく見つめていた。
「あれー? まさか惚れちまいましたか、草野さん」
気付けばいつの間にか草野の背後にその男はいた。そして、気色の悪い笑みを浮かべて頷きながら草野の肩をポンポンと叩いていた。不快以外の何物でもなかった。
この一瞬どこかのアイドルオタクと間違える風貌のこの男の名は丸子捲(マルコ ケン)。草野のマネージャーである。膨よか過ぎる巨腹で、二つボタンのスーツのボタンは今にも弾け飛びそうだ。
「草野さんは、黒英ちゃんですか? それとも、玲ちゃん? あっ、多紗ちゃんはだめですよ! 僕のものですから」
唯でさえ神経を逆撫でる言葉に、気色の悪い笑みを浮かべ続ける丸子の顔は更に草野を苛立たせた。
「やだなあ。冗談ですってば……ハハハ」
草野の空気を感じてか、はたまた自分の余りある脂肪の所為か、大して暑くもないこの場所で額から滲み出る汗をハンカチで拭っている。
――丸子とのどうでもいい時間を過ごしているうちに、草野もスタンバイの時間が近づいてきた。
「さあ、そろそろ時間です。今日も宜しくお願いします」
ステージに向かう草野に軽く頭を下げる丸子に、草野は左手はポケットに突っ込んだまま向きを変えず、右手を上げた。
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