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「驚き過ぎて声もでませんか? そりゃそうですよね! 僕もこの話が決まった時は――」
マネージャーはどうだと言わんばかりの口調で、返答のない電話に対して話を続けていた。しかし、草野はそれどころではなく、打っていた相槌も疎かになる程、テレビの画面に釘付けだった。
「まだ、お前、音楽やってたんだな……」
草野はそんな言葉を一人で呟いた。それは寂しさの中にどこか嬉しさが混じる声色で。テレビに映る懐かしい顔を見ながら、一気に煙草の煙を吐き出した。
「僕がこの仕事を取るのにどれだけ頑張ったか……、って草野さん、聞いてますか?」
相変わらず続くマネージャーの独り言は、テレビから流れる彼らの曲が草野の耳を塞ぎ届かない。
それにしても、彼らの曲はその才能を嫉妬する程に格好良かった。それは草野に於いては今の自分を完全否定する程に。
「もしもーし、草野さーん?」
突然に耳に飛び込むマネージャーの声。いや、厳密にいえば、今までも耳には届いていたかもしれない。とにかく草野は急に現実に戻されたようだった。
取り敢えず耳に入ってしまったのは仕方がない。草野はマネージャーとの話題に戻るために問いかける。
「悪い。で、なんだっけ?」
草野がやっぱり話を聞いていなかった事を理解すると、これ以上は電話で話す事は無駄だとマネージャーは悟ったのだろう。
「明日はいつもの『リリっくす』の仕事ですから、そこで詳しい話でもしましょう……」
マネージャーは少し呆れた口調でそう言った後、電話を切った。
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