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十月半ば。
事の始まりは、文化祭などのイベントラッシュが過ぎ去り、学校全体が落ち着きを取り戻したある日のことだった。
帰りのホームルームが終わるや否や、彼女は俺の席にやって来た。
「夏樹くん、ちょっといいかな?」
「ん?」
俺はカバンに教科書をしまう手を止め、顔を上げる。
そこには、座った俺と目線のあまり変わらない、小さな女の子が立っていた。
背中まで伝う緩く巻かれた栗色の髪。
小さな顔を際立たせる、色素の薄い茶色の大きな瞳。
カーディガンの裾を摘む仕草がなんとも可愛いらしい、どこかお嬢様のような上品さを感じさせる少女だった。
「よう、樹里。用って俺にか?」
俺はその少女──橘樹里に尋ねる。
樹里はうんうんと、大袈裟に頷いてみせた。
「他に誰がいるの?」
「確かにな」
人の席の前に来て、『用があるのはお前じゃない』とか言われでもしたら、もう喧嘩だな。
失礼にも程がある。
「で、その用事っていうのは? 出来る範囲でなら協力するけど」
「本当? いやぁ、夏樹くんは優しいなー」
褒め言葉だけれど、別段、嬉しいとは思わない。いたって平常心だ。
樹里とは幼稚園時代から兄妹のように付き合ってきたからわかるけど、樹里はこういうことを無意識に言うやつだ。
いわゆる幼なじみ。
いちいち意識する方がどうかしてる。
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