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「なあ、夏菜(なつな)。言っちゃ悪いが、これ俺に似てないだろ?」
最寄り駅に向かう道すがら、私の左手にはまったパペットを指差して、お兄ちゃんが不満を口にする。
「そう? どこからどうみても夏樹(なつき)お兄ちゃんそのものだけど?」
左手にはまったパペットのお兄ちゃんをまじまじと眺めながら、素っ気なく答える。
それでもまだ「俺はこんなに変な顔じゃない」とかぶつぶつ文句を言うお兄ちゃんを放って、私はさっさと駅に向かう。
券売機で二駅分の切符を買い、電車に乗り込んだ。
電車内では痛いくらい視線を感じたが、私は気にしない。
傍でお兄ちゃんが「お前、今すごい冷たい視線を一身に浴びてるぞ。今だけパペット外せば?」なんて忠告してきたが、それも気にしない。
目的の駅で下車し、左手のパペットに話しかける。
「ねえ、お兄ちゃん」
「俺、こっちな」
「ここから彼女さんの家までどう行くの?」
パペットのお兄ちゃんは、さっきまでと何も変わらない。
だけど一瞬、空気が凍った気がした。
「……行ってどうするんだ?」
感情を殺してあえて淡々と聞き返すお兄ちゃんに、私も事務的に淡々と受け答える。
「お兄ちゃんが彼女さんに長い間借りっぱなしだったCDを返そうと思って持って来たの。大変だったんだからね、探すの」
「そっか。……悪いな」
力無くお兄ちゃんが呟く。
だけどそれには気付かないフリをして、私はさっさと歩き出した。
左手のパペットと共に。
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