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先に口を開いたのは椎名だった。
「なんで途中でやめちゃうの?」
その言葉を聞いて橘はひざまづいた。
目線を同じ高さにするためだろう。
「車いすの女性がものすごいスピードで近づいてきたら誰でもやめてしまうよ」
「そう?」
「そうだよ」
「それに大した曲をやってたわけじゃないし」
橘は自嘲的に笑った。
「そう?なの?」
「そうだよ、届かない言葉の羅列なんて大したことじゃない」
すっかりとまわりが静かになっていたことに気がつきもしないで二人は話に集中していた。
そして、彼女はつぶやいた。
「私はいいと思うけどな」
「え?」
橘の頭の中でフラッシュバックする記憶。
出会った頃の椎名。
あの、雨の日、下駄箱で歌っていた歌に椎名が言ったせりふだ。
「私、知ってる、あなたの歌を知っているの、あなたのことも。」
「…椎名」
「きっと全部じゃない、じゃないけど、あなたのよくわからない自信過剰なところと、恥も外聞もないところ、そして、きっと一途に何かを思っているところ、それはわかる」
「…私!…私ね!」
「あなたのそばにいても、いい?」
すると橘はひざまづいたまま泣き始めた。
堰を切ったように。
「だいじょうぶ?」
椎名は優しく橘の頭をなでた。
それでも橘は泣き続けた。
「私、全部思い出すまで、頑張るから」
「…うんッ」
「だから、だからもっとあなたの声を聴かせて、わたしを思い出させて」
「…うん!」
子供のように泣きじゃくっていた橘は顔を上げて椎名を見つめた。
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