愛しきもの・その始まり

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あと1時間くらいでお昼休憩になると言う頃、荒垣が勤めている店の電話が鳴って荒垣は舌打ちをする。仕込みの最中で手が離せないのだ。 「電話なってんぞ。誰かいねーか?」 「今手が離せません!」 「すみません私も…」 誰かいないかとあたりを見渡すが返事は芳しくない。店長は二階で他の連中は客の応対やらレジ打ちやらで来てくれない。一番近いのは荒垣だが…。諦めて取るか…と思ったところで「ただいまッス~」と耳障りな声とともに軽い感じの男が入ってくる。 「ああ、丁度いい小野田電話取ってくれ」 「ん?ああ了解ス、荒垣さん」 1か月前に入ったばかりのバイトがタイミングよく宅配から帰ってきたので声をかけると素直に応じてくれた。口調は腹が立つが学生時代の順平みたいな奴で憎めない。 「はい○○料理店です。宅配っすか?」 またか…。バイトの電話の応対を聞いて荒垣はため息をつく。愛想がよく客受けもいいのだがどうにも客に対する礼儀という物がなってない。 本人に悪気はないのだろうがいわゆる若者言葉丸出しの場当たり的な丁寧語なためたまに苦情が入る事がある。怒れば素直に言う事を聞くし自身も治そうと努力はしてるのでクビにはならないのだが… この仕込みが終わったら説教してやらんと…。そんな事を考えていると小野田の電話口での口調が焦ったようなものになっているのに気付く。 まさか客を怒らせたか? 包丁の刃を拭きながら聞き耳を立てていると彼は慌てたように荒垣に近づいてくる。 「荒垣さん!!大変っす!奥さんの上司を名乗る人から電話で、さっきアオイさんが突然倒れて意識不明で救急車で運ばれたって!!」 「は…?」 ポロッ…と彼の手から包丁が落ちる。足元に落ちたはずのそれは厨房の床にカシャーン…という音がやけに遠くから響くなあ…と混乱した頭の片隅でぼんやりと考えていた。
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