13人が本棚に入れています
本棚に追加
幾度かの幻聴。
だが、ハッキリと何かが聞こえるワケではない。
幻聴なのだから当然なのだが。
「…ふぅ」
砂に足を滑らせ、奇妙な絵を描きつつ、マサキはぐるりを見回した。
二匹のキツネ、それ以外に生き物の形をしているモノはやはり無い。
鳥の声も今は聞こえず、気配も感じられなかった。
「……」
ジッと、数十秒キツネを見つめる。
ふぅと息を吐き、マサキはそちらに歩み寄った。
安物で女物の財布、それから一円玉を取り出すと賽銭箱に投げ入れる。
ご縁を願う五円玉では無い。
今の自分が欲しいのはそんな未来の可能性ではない。
一縁。
ただひとつの縁。
もう離れてしまったかもしれない、だが最近までは当たり前のものとして在った、有り難みも全く感じ得なかった、それ。
ヒロコとの縁。
(もう…遅えってのは、何となく解ってんだよ、俺にだって)
マサキは目を閉じ、手を合わせて祈った。
寺社仏閣に於ける所作の違いなど解らない。
それでも。
(願いは変わらない。俺の真剣さも)
儀礼が間違っていたとしても、それだけは間違っていないと断言出来る。
ヒロコともう一度会えますように。
ヒロコともう一度キス出来ますように。
ヒロコをもう一度抱き締められますように。
ヒロコの笑顔をもう一度見られますように。
ヒロコが。
「どうか無事でありますように」
最後の願いは口から音として現れていた。
カッコつけようとしていたワケではない。
最後の文言、それだけは、自身に言い聞かせたかったというのもある。
何より、この神社にいるハズの神様の耳に届かせたかったのだ。
今だけ神を信じるという事が、たとえ自身のストレスを軽減させる為のおためごかしであったとしても。
二分。
それ位は経ったろうか。
視認調整の為だろう、瞳を開けると世界が軽く明滅して感じられた。
緑、赤、青、それが普段見ているモノの上にフィルターの様に掛かって見える。
寝起きによくある、視界が定まらない数秒間のアレ。
だが今のそれは、目の前にある見慣れない社と、気配の無い空間、それと相まって奇妙な感覚を生み出していた。
自分が地の果てにでもいるような孤独感。
自分がどこか見知らぬ土地にでも流されたような違和感。
「…さてっと」
マサキは踵を返し、真っ赤なウインドブレーカーの襟を直した。
立ち去る背中、そこを誰かに見られているような気がしたが、マサキは敢えて振り返らなかった。
最初のコメントを投稿しよう!