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夜も止まらぬ吐息。
煙突から、そこいらのパイプから、構内を走り回るフォークリフトから。
外灯に照らされたそれらは黒い夜の中に白くゆらゆらと漂い、散らばっていく。
肌寒くなり始めた空気が感覚を引き締め、作業員の動きを緩慢にする、そんな状況の話だろう。
桑田が言っているのは。
「でな、とりあえず一発ヤるやんか?でな、アイツらはヤり終わってもすぐには帰らなかったんやて」
ぐい、とテンションが上がってきたのか、桑田は腕をまくる。
「でな、そのまま誰もいらんかった食堂の自販機でジュース買って敷地ん中ぁウロウロしてたんやて。まあ、アレやな、テンション上がってたんやろな」
(テンションが上がってるのはてめえもだろうに)
ツッコみたかったが、話が折れるのを警戒し、マサキは黙って桑田を見続けた。
「んで、ガーガーうるさい工場ん敷地を歩いてたんやけど、なんか警備員みたいなんを見つけたらしいんやわ、まあアレやな、こっちが見つけただけで見つかってないんやけどな」
点在する外灯。
ポツポツと、夜に薄明かりを浮かばせるそれは、妙な寂しさと怖さを感じさせる。
かえって真っ暗闇でないため、というのもあるだろう。
昔その工場で働いていたマサキには、その場景を簡単に思い浮かべる事が出来た。
そこを女連れで歩いてみたい、その情景も何となくではあるが、解らないではなかった。
桑田が言っていた警備員、守衛は決まった時間に決まった順路を巡っている。
それは数年働いていれば解る事だった。
(俺も、ヒロコを連れてそんなくだらねえ事のひとつくらい、なんでしてやんなかったんだろうな…)
自分にならば、守衛に見つからずに探検する事など容易だったろうに。
(…ヒロコ…)
ずずっ、と音が鳴る。
マサキの涙鼻ではない。
桑田が単純にコーヒーをすすった音だ。
「でな、アイツら、ものっそいダッシュで隠れるやんか?んで、パクられたらアカンから帰る事にしてん」
「…いやいや、ちょっと待てと」
「なんや?」
桑田が首を傾げる。
「なんだか工場から帰る流れになってっけど、アンタまさか工場関係無い話じゃねえよな?」
「だーかーらー…ああっ!」
桑田は少し苛立った様子で、皿の上の、ただ袋から出されただけで馬鹿みたいに高値になったポテトチップをつまみ、ムシャムシャと粉を散らした。
パリパリと、或いはあの音を思い出さずにはいられなくなるような、そんな演出のように。
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