めぶき

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カラオケ店に入る前よりも寒さが強くなっている。 薄暗くなった夕方5時の町に包まれ、マサキは軽く身震いをした。 「んじゃ、俺帰りまっすよ?」 後ろからついてくる桑田の方を見もせず、マサキはポケットに手を突っ込んだ。 「なあなあ、マジで貸してくれんの?」 駄々っ子のような口調の桑田に舌打ちをし、マサキは手を軽く振った。 寂しそうな桑田のリアクションを背中に感じながら、マサキはゆっくりと歩き出した。 仕事帰りの時間。 道路は少しずつ混み出している。 (…車で来なくても…まあ、良かったかな)寒さは感じるが、今すぐ暖房の掛かる建物の中に飛び込みたい、という程ではない。 気分転換に歩きたかった、それと引き換えにするデメリットとしてはまずまずだろう。 近くにあるバッティングセンターから小気味よい音が響く。 高校生が学校帰りにでも寄って頑張っているのだろうか。 (…ん?) 気が付き、ふらり、とマサキは自分の位置を歩道の左端に寄せた。 そのすぐ後、自転車が横を勢いよく通り過ぎてゆく。 こちらが音に気付いて回避した、それに気付いた様子もなく、そのまま高校生は去っていった。 (…) 車がファミレスの入り口で止まっている。 こちらの一瞥に反応したからだろうか。 (…あん…?) カラスが鳴き、頭上を舞ってゆく。 バサバサと、羽が空間を打つのが歩行者信号の音に上乗せされ、不可思議な音楽を響かせた。 (…ん……なんだ?) 何かが妙だ。 何か、妙に音に過敏になっている。 あの音。 それが聞こえたワケではない。 なのになんだろう。 あの日を超え、自分の身体、それが備えた感覚が段々と研ぎ澄まされている、そんな気がする。 当然、そんなものは錯覚にすぎないだろう。 色々あって空っぽになった頭、先ほどカラオケでストレスを発散した事もあり、状景がポンポンと自分に吸収されやすくなっている、きっとそんな具合だ。 『ぴしり』 びくりと震え、マサキはそちらを素早く見やった。 道脇の植え込み、そこから猫が歩み出る。 真っ黒な体毛に、満月のような瞳をギラリとさせた猫だ。 (…っんだよ、紛らわしいな) 溜め息を吐き出し、マサキは夕闇の空を睨んだ。 半円形をした月。 赤と紫の混じった広い画板に、それは静かに佇んでいる。 立ち止まるマサキ、それを不審がりながら通り過ぎる人間、家路を急ぐ車、ねぐらに戻る鳥、その総てが立てる音が煩わしく感じられた。
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