もえ

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もえ

気が付くと辺りはより濃い夜に染まっていた。 立ち止まり、マサキは辺りを確認する。 一面、とまではいかないが、辺りには田んぼばかりが目立つ。 点在する寿命の怪しい外灯、それに照らされているのはほとんど歩道と道路で、商店の類いは無い。 それでも暗闇が広がっていないのは、民家の明かりがその間の照明の役を買っているからだ。 今いる位置から目立つのは、遠目に見える私立校くらいだろう。 無駄に絞り取った金で無意味に明るく浮かび上がらせたそれから、マサキはゆっくりと目を逸らした。 (…ふぅ) 息が白く煙る。 歩きタバコをしているワケではなく、気温のせいだ。 側溝にちょろちょろと流れ出る液体からも白く浮かぶのは、家庭でお湯を使っているからだろう。 つまりは、そんな季節へと移りつつあるという事だ。 マサキはポケットに入れた手を何度か動かす。 寒さに痺れ、細くなったように錯覚するそれは、それを。 「……だよな」 つなぎ合わせる相手はいない。 ヒロコの手はどんなだっただろう。 細かっただろうか。 暖かかっただろうか。 ハッキリとは思い出せない。 今まで何度つないだか解らないそれが、どんな感触だったのか。 (…寒さは寂しさを加速させるってか…) 何かで読んだ事がある。 古来から言われている定形化された文言ではなく、科学的に調査した結果、同じ結論にたどり着いた、と。 (今感じてんのは、結局そいつの延長か?それとも失ったもんを惜しく感じる糞みてえな感覚か?それとも) ヒロコを失った事、それが自分の中で大きな意味を持っていた事なのか。 それほど、彼女の事を心から大切に思っていると、今更言えるようになったとい事なのか。 ひやり、と涼しさが増す。 二級河川、とは名ばかりでとても泳ぐような気になれないそれ、そこに掛かる橋の上に今いるからだ。 緑の匂いが強く香る。 川の表面を撫でた風が、周りの木々を擬似的に引き連れてきている。 無駄金を使って植樹されたそれのお陰で、外灯近くにはまだ蚊柱のようなものが見えた。 遠巻きにそれを回避しつつ、外灯と外灯の中間、暗さが強めに残るそこでマサキは立ち止まった。 欄干に近付き、両手を掛けるとそこに頭を乗せる。 ぼんやりと眺める川は涼しい中でも涼しげな音を運んできていた。 月明かりに照らされるは砂利と水、木、雑草。 どれにも興味は生まれない。 だが、マサキはタバコに火を着けてまでそれを眺め出していた。
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