もえ

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「反応が可愛いよね、小日向くんって」 ユミの笑顔と言葉。 ヒロコへの想いはそれの前で簡単に霧散していく。 いなくなった人間の事などどうでもいい。 付き合ってもなかった人間の事などどうでもいい。 好きでもなかった人間の事などどうでもいい。 もうどうでもいい。 「俺は子供なんすよ、まだ」 恥ずかしさを紛らわすようにパタパタと手を振るマサキにユミは尚も笑いかけた。 しばらく続く中味の無い会話。 それが心地よい。 気分が落ち込む事しかなかったここ数日を、この数分が叩き潰していくようで。 (…すんげえクズいよな、俺) 自らに唾を吐きかける自分もその影を薄くしてゆく。 砂が風に吹き流されるように、感情は簡単に移り変わってゆく。 楽しい時も気付けば終わりに近づいてゆく。 「う~ん、もうこんな時間かぁ」 携帯電話で時間を確認し、ユミはコチラを見やった。 それが帰りたいサインなのは明白だ。 「…」 「…」 とても長い数秒を過ごし、マサキは口を開いた。 「…あの、良かったらなんすけど、アドレス交換してくんないすか?…ああ、勿論イヤなら良いっすけど…」 「…いいよ、あんまりメールすると彼氏がウルサいからアレだけど」 (…だよなぁ) 鉛のような言葉の一撃を食らいながら、それでもマサキは番号の交換をした。 せめて友達で、というくだらない期待を込めたワケではない。 相手のいる相手、それを隙あらば奪うつもりで、である。 「何か妙な流れっつか、縁っすね、コレ」 「だね、まさかあんなところで人に会うなんて思ってもなかったし」 お互いに携帯電話をしまい、マサキは軽く手を挙げた。 「…んじゃ、寒いんで風邪引かんように気ぃ付けてね」 「は~い、それじゃね」 ユミが去る背中を背中で見つめ、マサキはまた川沿いを歩き出した。 心が暖かい。 高揚感。 緊張感とはまた違う、ふわふわとする自身を操りながら、マサキはまた同じ場所までたどり着いていた。 ユミと会ったあの扉の辺り。 (…あの子、何してたんだろな、こんなとこで) やはりそれが少し気になっていたという事もあり、いつもとは違う帰宅ルートを通る事にしたのだ。 右側、柵越しの川をずっと観察しながら道を進む。 名も知らぬ木々と雑草。 それらがあるだけで、別段変わったところなどない。 興味の無い草花の名前でなく、興味のある女の子の名前を知れた、その幸運だけが妙な運命だとは思えた
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