もえ

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もう夜の7時近いだろう。 外灯に照らされた川の上をたまにコウモリが影となって飛んでいる。 鳥はいない。 巣に帰って寝ているの頃だろうか。 ちゃぷん、と川から水の跳ねる音がした。 魚だろうか。 からから、と何かが転がる軽い音がした。 風に吹かれたペットボトルだろうか。 「…寒っ」 ウインドブレーカーの襟元を直し、マサキは鼻をすすった。 冷たさに潤んだ瞳で空を見上げると、星がいつもより白く光っているように感じた。 しばらく立ち止まり、感傷に浸ってみたが、星屑は流れない。 ユミに好意を抱いた時の暖かい想い。 ヒロコを簡単に切り捨てようとしている自分への嫌悪感。 あの音に対する危機感。 それら総てをどうでもよく思える空虚感。 様々なものがグチャグチャと交じり、或いは混じっていく。 ぐらり、とマサキは身体を揺らした。 空を見上げ続けたせいだろう。 首筋が痛み、少しめまいがする。 物理的でない揺らぎ、精神的にヤられているせいもあるかもしれない。 歩きながら、マサキは首を左右に鳴らした。 こきり、こきり、と。 他人では聞き取れるか解らない音がする。 ごおっ、と風が急に強く鳴った。 ここいらまで来ると、住宅が少ないこの地域でも更にそれが減っている地区になる。 風を妨げるものが減ったから、強く当たられたように感じたのだ。 (妨げる…か) マサキは空気の乾燥に痛む目を細めた。 妨げたるは。 ヒロコと自身を妨げたるは。 あの音とあの夜。 ユミと自身を妨げたるは。 彼氏という存在。 マサキとヒロコを妨げたるは。 (ヒロコがいなくなっても何もせず、ただ悩む事しかしてねえ俺が、そんな俺が) ヒロコの事を忘れようとした。 どうでもいいと感じた。 それは何か、決定的な何かだったかもしれない。 心の中にあるヒロコの虚像。 それからすら自身を妨げてしまった。 「!?…」 がさり、と田んぼの中から黒い猫が現れる。 同じ月夜にまた見たそれは、カラオケ店の近くで見たものとは違った。 バサバサと毛羽立った輪郭から、明らかに野良猫だと解る。 片目しか光っていないのは、どうやらもう片方が潰れてしまっているからのようだ。 立ち止まらないマサキの前で、それは一瞬だけ振り向き、先鋭な印象を突き刺してきた。 軽やかに道を横切った黒猫は、歩きながら幾度かこちらを確認しつつ、やがては反対側の田んぼの暗闇と同化して消えてしまった
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